「すー、すー」
   
帰り道の電車の中、僕の肩に寄りかかって眠っている小毬さんをじっと見つめる。
よほど疲れていたのだろう、席へとついて少しも経たないうちに寝息を立てて寝てしまったのだ。  
それも無理はないだろう……どう考えても、夜更かしとか得意そうじゃないし。
いくら前日昼寝しておいたとはいえ、人間、夜は眠くなるものだ。
 
(…………)
   
彼女の無邪気な寝顔を見ているうちに、ふと悪戯心が沸き起こる。  
誰も見てないだろうかと、念のためきょろきょろと辺りを見回すが、幸いなことにこの車両の乗客数はまばらだった上に、こちらに注意を向けている人は一人もいなかった。  
これはチャンスと思い、やわらかそうな小毬さんのほっぺをぷにぷにと触ってみる。
   
さわさわ、ふにふに
   
「んやぁ……ふみゅ……」
   
……やばい。  
これ、かなり楽しい。
   
ぷにぷに、つんつん
   
「ほにゃあ……くー」
   
まるで起きる様子もなく、ひたすら爆睡し続ける小毬さん。  
飽きることなく続けていると、やがて車内アナウンスが僕らの目的地の到来を告げる。
   
『えー次は、○○〜○○〜、お降りの際は、お荷物をお忘れないようご注意ください、また、降車の際は、足元にご注意ください。えー次は、』
   
もうついてしまったのか……。  
もっとぷにぷにつんつんしたいのに……くそぅ……あ、そうだ!
   
『ドアが開きますので、付近の方は』
   
このまま乗り過ごしちゃえばいいじゃないか!
終点まではまだまだあるんだし!
僕も寝ちゃってたことにして、頃合を見計らって小毬さんを起こして何食わぬ顔で電車を乗り換えてもどればいいんだ!(*わふー、こういう行為を意図的に行うことは、不正乗車に該当し、場合によっては罰金をとられることもありますので、よい子の皆さんは絶対に真似しちゃいけないのですー(>ω<)*)
   
『ドアが閉まります。駆け込み乗車は危険ですのでおやめください』
   
プシューという音とともに扉が閉まっていく。  
何事もなかったかのように電車は再び動き出した。
   
ようし、気を取り直して再開だ!
   
つんつん、つんつん
   
……うーん、つつくだけじゃなんだか物足りなくなってきたような……。  
そうだ、摘んでみよう……うわ、もの凄くやわらかい……それにすべすべだし。
   
「うう……ん……」
   
しばらく感触を楽しんでいると、突然小毬さんが赤子のようにむずがりだす。  
その拍子に、僕の指が彼女の唇に触れてしまう。
   
「うわっ!?」
   
思わず声を出してしまった……。
それぐらい、さっきまで楽しんでいたほっぺたの感触とは次元が違っていたのだ。  
……ごくり。  
思わず喉を鳴らしてしまう。  
どうしよう……もっと触れてみたい……。
どうする、僕!?

(熟考中)

いや、やめておこう……。
そんなことしたらさすがにやばい。  
ここはほっぺたで我慢を……
   
「はむっ!……んん、ちゅぱ、んひゅ……ふわあ、おいひいよ〜」
   
と思ってたら、寝ぼけた小毬さんが食べ物と勘違いしたのか、僕の指に食いついてしまったではないかっ!?
   
「うわ、ちょ、ちょっとちょっと!?」  
「ん……はむはむ」  
「う……」
「んん〜……ちゅぱちゅぱ……ふゆ……」
   
甘噛みされたり舌で舐められたり。
その感覚に、背筋がぞくぞくと震える。
気のせいか、彼女の息が荒くなってきた気がする。
いや、息が荒いのは僕のほうか。
 
「んっく……ぷはぁ」
 
やっと指が解放される。
指先は真っ赤に染まっており、小毬さんの唾液でべとべとだった。
ちらっと彼女を見ると、唇の端から唾液が一筋たれ落ちている。
   
――すいません、ぶっちゃっけもう、たまりません。
   
なんとか自制をきかせ、持っていたハンカチで彼女の顔をそっと拭ってやる。  
……そろそろ、頃合かもしれない。  
というか、これ以上やってたら僕のほうが我慢できなくなってしまう。
そう思い、次の駅で降りる準備を始める。
   
「すみません、少しよろしいですか?」
   
と、準備を始めたところで、声をかけられた。  
いったい誰だろうか?
頭に疑問を浮かべつつ、
   
「えっと、ごめんなさい、次で降りるんですけど」
   
そういいながら声のしたほうへ振り返る。  
そして、その人物を見たところで、僕は完全に固まってしまった。
   
「ええ、ですから、次の駅で降りて、事務所でお話を聞かせてもらえますか?」

  


振り返った視線の先、制服に身を包んだ人のよさそうなおじさんが、にこやかな笑みを浮かべて立っていたのだった……。

  


***

  

 
「……」
「……ひどい目に遭っちゃったねぇ」
「ごめん……言葉もないよ……」
   
帰り道。
二人、沈鬱な表情を浮かべて歩いていた。  
 
あの後駅の事務所へ連れて行かれてしまった僕(+寝ぼけた小毬さん)は、軽い事情聴取のようなものを受けた。勧められるがままにに出されたお茶に口をつけた途端、「で、何やってたの?」と聞かれたのでありのままに答えたのだけれど、まったく信用してくれる様子がなかった。小毬さんは小毬さんで寝ぼけてたし、そもそも彼女の了承をとってやっていたわけでもないから僕としてもなかなか言い訳しにくい立場にいたけれど、あからさまに僕と小毬さんの関係を『加害者⇔被害者』みたいに誤解されていたようでちょっと悲しかった。それからしばらく経ってようやく目を覚ましてくれた小毬さんが、僕が友人であること、また僕に悪意があったわけではないことなどを説明してくれ、そのおかげでなんとか釈放されるにいたったというわけだ。……まあなんていうか、当分の間小毬さんには頭が上がらないと思う。  
 
「でも、理樹君?」  
「ん?」  
「どうして、その、あんなことしたのかなぁ?」  
 
……やはり来たか。  
たぶん聞かれるだろうなとは思っていたけれど、事情が事情なだけに自分から説明するのもなんだかおかしいように思われたので、あえて何も言わなかったのだけれど、聞かれてしまったからには答えないわけにもいかない。が、思わず口をつぐんでしまった。  
 
『小毬さんの寝顔があまりにも可愛かったから』  
 
たったこれだけの言葉を紡ぐにも、幾ばくかの葛藤があった。僕らは別に恋人というわけではない。そりゃあ、今日も一緒に初詣デートに行ったりしたし、僕とて小毬さんのことが嫌いなわけじゃない。むしろ好意を抱いているといっていい。小毬さんのほうも、わざわざ実家から僕を訪ねてくれたのだから、自惚れかもしれないけれど、多少は好かれてると判断しておいて間違いではないと思う。だからといって、こういったことを気軽に言い合える仲なのかと問われれば口を閉ざしてしまうし、何より僕なんかに可愛いとか言われて小毬さんは喜ぶのか、なんて疑問もある。  
 
……まあなんだかんだで言い訳じみたことばかり思い浮かぶけれど、要するに僕はなんだか気恥ずかしかったのだ。  
 
「理樹君?」  
 
僕がずっと黙っていることを不審に感じたのか、小毬さんは首を傾げながら僕の顔を覗き込んできた。ともすれば息が吹きかかりそうなぐらいの、絶妙な距離。自然と視線はぷっくらとした、やわらかそうな唇に釘付けとなってしまう。  
 
触れてみたい。  
指でなく、できればその、僕の唇で。  
 
邪な考えばかりが頭をぐるぐると巡っている。いけない。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、それだけ小毬さんに不審に思われてしまう。それだけは避けなければ。  
 
「え、あ、その」  
「あ、ごめんねぇ。言いたくなければいいんだよ〜」  
 
小毬さんはそういうと、にこーっと微笑みながら僕と距離をとる。  
遠ざかった分だけ、心まで遠ざかってしまったかのように感じて焦るも、どうしても言葉が出てくれない。  
その間にも小毬さんは誤解してしまっているのか、彼女の笑みがだんだんと寂しげなものへと変わっていく。  
 
「理樹君だって、言いたくないこと、あるよね……あ、ひょっとしたら、私が一人で勝手に寝ちゃったせいで、理樹君を怒らせちゃったのかなぁ……?それで、あんな意地悪を……」  
「それは違うよ!」  
 
小毬さんの完全な、まったくの誤解に、思わず口調が強くなってしまった。僕の必死さに不意をつかれ、小毬さんはびっくりしたような、きょとんとした顔で佇んでいた。  
 
「それは違うよ、別に小毬さんに腹が立ったりなんかしてないよ。その……小毬さんの寝顔があまりにも可愛かったから……」  
「ふぇ?ご、ごめん……最後、よく聞き取れなかったんだけど……なんて言ったの?」  
「だから、その、小毬さんの寝顔があまりにも可愛かったから!……つい、その……ごめん!」  
「ほわぁ……」  
 
僕はもうやけくそだとばかりに大声で言ってやった。恥ずかしくないかと聞かれたら、恥ずかしいに決まってる。黄金の黄昏時、列車の走るガード下で、僕はそんな青臭い台詞を大声で言っているのだ。これが恥ずかしくなかったら、いったい何が恥ずかしいというのだろう?  
 
ちらと小毬さんを見ると、彼女はほっぺたを真っ赤にしたまま固まっていた。……たぶん、夕焼けのせいだけじゃない。彼女もきっと、恥ずかしいのだ。うれしいのかどうかは、表情からは窺い知れない。  
 
「……」  
「……」  
 
寒風吹きすさぶ大地の下で、僕らは口も聞かず、ただお互いを見詰め合ったまま立ちすくんでいた。何を言ったらいいのかわからない。何をしたらいいのかわからない。自分の不甲斐なさを内心忸怩たる思いで罵倒しながら、僕は勇気を出して一歩、小毬さんの許へと歩み寄る。逃げられたらどうしようかと少し思ったけど、幸いそんなことはなく、彼女はただ僕の目を照れた様子でじっと見つめているだけだった。  
 
「小毬さん」  
「……うん?」  
 
うわずらないように努力しながら声をかけると、彼女は優しげな、心を落ち着かせてくれるような暖かな声で返事をしてくれた。僕を包み込んでくれるかのような彼女の声に、僕は決意を固める。  
 
「いろいろなことが、あったよね」  
「…………」  
「小毬さんや他の女の子たちが新しくがリトルバスターズに入ってくれて、友達になって、楽しいことたくさんあったよね。恭介の提案する無茶なミッションに引きずられたりして、でもそれも悪くなくて。勝手に旅行にいったりなんかもして、みんなでいることが楽しいって、去年はずっと思い知らされてたよ」  
「……うん、楽しかったね」  
「そして、僕にとっての楽しい日々の中心にはいつも、君がいた」  
「…………」  
「これからは、友達じゃなく、恋人として、僕と同じ楽しい時間を過ごしてはくれないかな……?」  
 
言った。  
言ってしまった。  
若干勢いに任せた部分もあったけど、基本的には思ったことを素直に言えたと思う。  
これが、僕にとって正真正銘初めての、女の子への告白だ。  
うん、ものすごく恥ずかしい。  
たぶん、今の僕の顔は完熟トマトもはだしで逃げ出すほど赤く染まっているに違いない。  
願わくば、この夕焼けが少しでもそれを誤魔化していてくれますように。  
 
「私ね」  
 
僕の一世一代の告白を静かに、最後まで聞いてくれた小毬さんは、普段のぽわぁーっとした感じの口調ではなく、幾分か真面目さを漂わす、静かな口調で語り始めた。……まるで、懺悔をするかのように。  
 
「ずっと、ずーっと、悩んでたんだ」  
「好きな人ができたの。だけどね、その人の隣にはいつも、可愛い女の子がいたんだ」  
「その女の子っていうのが、私の大好きな、大好きなお友達でね、ずっと二人は『お似合いだなぁ』って思ってたの」  
「その人のことも、女の子のことも、同じくらい大好きで……だから私、どうしたらいいのかわからなくて」  
「ずっと、ずーっと、悩んでたんだ」  
「このまま二人の友達としてやっていけるなら、それでいいかなぁと思ったんだけど、ふとしたときに仲よさそうな二人の姿を見ると、なぜか胸がぎゅっと締め付けられちゃって……私、嫌な子だなって……」  
「鈴ちゃんのこと、大好きなのに、それなのに嫉妬なんかしたりして……もうほんとに、自分のこと嫌いになっちゃいそうで……でも我慢できなくて……」  
「だから、気持ちに整理つけようと思って、誘ったんだ、今日のこと……鈴ちゃんが実家に帰ってるのは知ってたから、もしかしたらこんな私でも一緒にいってくれるかなぁって、初日の出も、初詣も、そのために誘ったの。終わった後で告白して、振られて、それで一日中泣いて、その後で笑って二人と接することが出来たらいいなって思ってたんだ」  
「でも」  
 
とん、と小毬さんのおでこが僕の胸板に押し付けられる。鼓動はすでに限界を突破しつつあり、きっとこの早鐘のように打つ心臓の音も聞かれてしまっているだろうな、なんていらない心配をしたりする。  
 
「おかしいね。理樹君に先に言われちゃった」  
 
あはは、と笑いながら、小毬さんがぎゅっと僕の体にしがみつく。僕はそれをきっちりと受け止め、優しく頭を撫でてやった。気持ちよさそうに目を細め、けれど彼女の顔はどこか憂いを秘めていた。  
 
「私で、いいの……?」  
「私、ずるい子だよ?」  
「私、はるちゃんや美魚ちゃん、クーちゃんにゆいちゃん、それにもちろん鈴ちゃんも、理樹君のことが好きだって知ってて、一人だけ抜け駆けしちゃうような子なんだよ……?振られるために、なんていったけど、ほんとはどこか期待してて……『もしかしたら好きになってくれるかも』なんてずるいこと考えちゃうような子なんだよ……?それでも、いいの?」  
 
なぜだろう。  
自嘲するように自虐する目の前の少女が、こんなにも愛しく思えるのは。  
自らの闇を吐き出すように語ってくれる彼女をうれしく思うのは、なぜだろう?  
決まってる。  
僕は小毬さんのことが好きなんだから。
明るい部分、暗い部分、全部ひっくるめて、この女の子のことが好きなんだ。  
 
「僕は、小毬さんのことが、好きだよ」  
 
だから、ありのままの気持ちを、噛み含めるように区切って、確実に伝わるように告げる。  
 
「うん……うんっ!私も、理樹君のことが、好きですっ」  
 
もう彼女の顔に迷いはない。
落ちかけた太陽が伸ばす僕らの影が、一つに重なる。
長い時間そうして重なりあって、お互いを確かめ合って、満たされていく。
そして、そっと一歩分の距離をとる。
名残惜しくもあったけど、いつまでも外でこんなことをしていたら誰かに見られてしまうかもしれない。

小毬さん――僕の大好きな、これからは恋人となった少女――が、ぺこりとお辞儀をする。

「ふつつかものですが、これから末永くお付き合いのほどお願いしますっ」
 
照れたように見つめあう僕らを祝福するかのように、夕日が僕らを真っ赤に染め上げていた。

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
このSSは、今年の初めあたりにあげたSS「たとえば10と−10を足して2で割ったなら」のおまけ2として用意しておきながら3ヶ月も放置してしまっていたもので、作者のいい加減さをよく表していますね、ほんと。どうにかしようと思っていないあたり『だめだこいつ……早く何とかいないと』とか思われてそうですね、ひゃっほー。
おまけ1のほうをギャグとするならこちらはお馬鹿な話と見せかけてややシリアス、といったところでしょうか。当初はシリアス要素なんてまるで考えてなかった、なんていうのは俺だけが知っていればいい。

そんなこんなで、本編(たとえば〜)での小毬の行動の裏とか心情なんかを書き綴ってみたわけなんですが、うまくいってるかなぁ……正直本編書いたときの自分とは文章構成自体が変わりつつあるから、読み手側に違和感与えまくりなんじゃないかと心配だったりするんですが。自分で読んでみても前半と後半の雰囲気の変わりように「???」となってしまう。あ、ちなみに前半の指舐めの部分が今年の一月、告白の部分が今年の五月に書いたものです。ぜんぜん違うよね。

なんていうか、原作における小毬の立ち位置的に理樹と付き合うのは難しいよね、でも俺はこま×りきが好きなんだ、だから多少無理やりでもこま×りきの話を書くんだ、という俺の執念が伝わっていればそれでいいのです。

ご閲覧ありがとうございました。感想などいただけると次回作を書くスピードがピオリムかけた勇者みたいに上がります。ほんとだよっ!

戻る inserted by FC2 system