――白百合みたいだね
   
目の前の少年が私にそう話しかける。
   
――すまないが、少年、今なんと?
   
何のことかわからず、私は彼にそう返す。
   
――だから  
――来ヶ谷さんって  
――白百合みたいだねって
   
その言葉に、少し呆れる。  
そんな無邪気な顔をして。
   
――キミは白百合の花言葉を知らないのか?  
――ううん、知ってるよ  
――ならば、私をたとえて白百合というのはおかしいとは思わんのか?  
――え?どうして?ぴったりだと思うけど
   
本当にわからないといった顔でそう返す彼。  
よりにもよって白百合とは・・・。  
この少年にこそそれがふさわしいのではと  
本気で考えてしまう。
   
ふっと  
ここで記憶は途切れる。
   
これは  
ありえないはずの  
覚えていることが許されないはずの  
私と彼の思い出――

  

  

 
――来ヶ谷唯湖、また100点か。よくできたな
   
教師の声が教室に響き渡る。
   
――いちいち言わんでいい
   
そう言いたくなる気持ちをぐっと押さえ  
答案を受け取りに行く。  
よくできたな、とかいうわりには  
全然面白くもなさそうな教師。  
私も特に嬉しくもないので  
ちらりと確認しただけで席へと戻る。
   
――またあいつか  
――なに澄ましてんのかね、あいつ
   
これ見よがしな  
陰口にもならぬ声。  
不合理だ。  
その言葉に、意味はあるのか?  
その言葉で、何かが変わるのか?  
私には、まるで理解できない。
   
下校時刻の鐘の音。  
一人校舎の前に佇む。  
放課後特有の喧騒が流れていく。
   
帰ろう。  
そう決意し、  
身を翻し歩き出す。

  

 
通学路から少し外れたところ。  
線路脇の、小さな空き地。  
白いソレはそこに咲いていた。  
気まぐれに通りがかった私は、  
何とはなしに話しかけてみる。
   
――やあこんにちは
   
風と共に揺れるソレ。  
大分律儀なやつらしい。  
そう思うと胸がわくわくとした。  
なんだろう、これは。  
胸の奥にくすぶる想いを理解できぬまま  
私たちは日が暮れるまで語り合っていた。

  

 
こうして、私たちの関係が始まった。
   
私は放課後になると  
ソレが待つ場所へと足を向けるようになった。  
ソレはいつでもそこにいて  
私のことを待っていた。
   
――キミはいつでも綺麗だな
   
首をかしげる白いソレ。  
相も変わらず律儀に反応してくれる。
   
――ああ、べつに口説こうとしているわけではないんだ
   
冗談まじりにそうささやく。  
くすくす笑いを立てるように  
ソレは軽く揺れていた。
   
――ただここはあまり人が通らないだろうから、誰がキミの世話をしているのだろうと思ってな  
――よほど愛されているのだな
    
揺れ続ける白いソレ。  
『嫉妬してるの?』と  
悪戯っぽい笑顔を浮かべる少女のようだ。
   
――そうかもしれないな
   
ニヤリとそう返す。  
しばらく私たちは笑いあっていた。
   
そう。  
このとき私は確かに笑っていたんだ。

  

 
母がいつか  
寂しそうにいった。
   
――あなたは私たちの誇りよ、リズ  
――でもね  
――あなたの笑顔が、一度でいいから見てみたいものね
   
作り笑いを浮かべるも  
ただ悲しそうに首を振る母。  
どうすればいい?  
どうすれば、満足なんだろう?  
わからなかった。
   
こうすれば、よかったのに。

  

 
それからしばらく経ったある日のこと。  
突然私は遠い街へと引越すことになった。  
それに伴う転校の報せ。  
クラスメートは特に何も言わず  
私も特に何も言わなかった。
   
申し訳程度のお別れ会がそうして終わりを迎えると  
私はいつものように彼女の元へと向かう。  
終わりを告げに。
   
線路脇の、小さな空き地。  
初めて出会ったときのように  
私たちは対峙する。  
   
――今日は、お別れを言いに来たんだ。
   
まるでわかっていたかのように  
沈黙を守る白いソレ。  
かまわず私は続ける。
   
――今日で最後だからな。
   
かばんに入れていた  
ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。  
それを  
慈しむように  
願いをかけるように  
自身をゆだねるように  
そっと静かにふりかける。
   
――私にはどうも、人として大事なものが欠けているようだ  
――ほんの少しとはいえ共に過ごしたキミと別れる今となっても  
――悲しくはないんだ  
――なぜだろう?  
   
彼女は何も答えない。  
私も特に気にしない。
   
――うまく笑うこともできず、どこでも浮く私  
――さて、どうしたものだろう?
   
それはすでに問いかけではなく。  
それは  
それは、なんだったろう?  
   
――キミのようになれれば、私も愛してもらえるのだろうか  
   
言った後で  
その馬鹿馬鹿しさに気づき  
ふっと自嘲する。  
   
――こんなことを言っても仕方ないな  
――すまない、忘れてくれ  
――さようなら、いつも綺麗だったキミ  
   
別れの言葉を告げ  
静かにその場を後にする。  
最後の最後まで  
白いソレは何も言わなかった。
   
芽生えかけた名も知れぬタネは  
咲き誇る術を知らず  
ただ、枯れ落ちた。  

  

 
ガタンガタン!  
電車の揺れる音にハッとなる。  
置き忘れた思い出。  
あの日から、一度も思い返すことはなかったもの。  
それを今、はっきりと思い出す。  
   
ポケットから携帯を取り出すと  
そこには新着メールを報せるメッセージ。  
件名には知らぬ男の名前が一つ。
   
本文を見ずに携帯をしまう。  
今はまだ、見る気にはなれなかった。
   
――次は、○○〜次は、○○〜
   
アナウンスが私の目的地を告げる。  
降りる準備を整え、扉が開いたところで外へ出る。  
   
――ここへ来るのも久しぶりだな  
   
地に下りてそう呟く。  
正直なところ、ここにはあまりよい思い出はなかった。  
どちらかといえば、苦々しい思い出のほうが多かった。  
   
それでも私がここに来た理由。
   
彼女との別れのとき  
掬い上げたはずの水は手のひらから零れ落ちた。  
何か大切なものを置き去りにしてしまった。  
   
別にそれでかまわないはずだった。  
なのに、私は願ってしまった。  
取り戻したいと  
願ってしまった。
   
それが私がここに来た理由。
   
すっかり薄くなった当時の記憶を  
懸命に引っ張り出す。  
あのころいつも通った道。  
彼女がいつもいた場所。  
ここを右に曲がれば、たしか――

  

 
線路脇の  
誰の目にも触れることのない小さな聖域に  
白いソレは  
今もなお、咲いていた。  
誰に見咎められるでもなく  
誰に認められるでもなく  
白いソレは咲いていた。
   
――キミのようになれれば、私も愛してもらえるのだろうか
   
かつて私は  
そうソレに問いかけた。  
キミはわかっていたんだな。  
その問いに答える必要のないことに。
   
――キミは、私だったんだ
   
いま私は  
そうソレに呼びかける。  
一陣の風が吹き抜ける。  
ソレは風になびかれ  
一つ頷くように揺れ動く。
   
――預けていたもの、返してもらいにきたぞ
    
そう告げて  
そっと静かに花びらを撫でる。  
どこまでも白い、穢れ無き花びら。  
そこに、無垢な笑顔を浮かべる少女の姿を見た。
   
――ありがとう
   
白の護り手に感謝を。  
幼き日の忘れ物に再会の握手を。
   
――行こうか?
   
問いかけると  
小さな少女は静かに微笑む。  
手を繋ぐ。  
その手はとても温かくて。  
大切なものがココにあるんだと  
実感させてくれる。
   
――キミも来るかね?
   
白いソレをじっと見つめる。  
また一つ、風が流れる。  
コクンと一つ  
ソレが頷く。  
   
置いてきたもの。  
忘れてしまっていたもの。  
この胸の中に全部仕舞い込み  
私たちはそこを去る。

  

 
――ここが私たちの部屋だ
   
部屋に彼女を招き入れる。  
花瓶を探し、水を汲む。
   
透明なガラスの花瓶に  
白き友人をご招待。  
さて、どこに飾ろうか?  
しばし迷い、結局窓際に置くことにする。  
彼女がいてくれるだけで  
殺風景だったこの部屋に温かみがこもった気がした。 
   
――居心地はどうかな?
   
私の問いかけに  
彼女は満足そうに揺れていた。
   
――それはよかった
   
私の声が  
とても嬉しそうに部屋に響き渡る。  
   
戻ってきたんだ。  
そう感じた。
   
――感情がないなんてこと、ないよ
   
聞いたこともないはずの言葉が  
脳裏に蘇る。  
それは誰の言葉だっただろう?  
思い出そうとするも  
記憶は沈黙を守り続ける。
   
――だって  
――目の前にいる来ヶ谷唯湖っていう女の子は今  
――とっても楽しそうにしてるよ
   
そうだろうか。  
そうかもしれない。  
そう、だな。  
私は今、とても楽しい。
   
――キミもそう思うか?
   
答えは、聞くまでもなく。  
彼女も特に反応を示さない。  
それで十分だった。
   
携帯を取り出し  
メールボックスを呼び出す。  
新着のメールが一件。  
開くとそこには  
見覚えのない、誰か。
   
――さて
   
名も知らず  
顔も知らない  
そんな愛しの彼は  
どんな声をしてるのだろう?
   
――行くとするか
   
そう決意し  
扉を開いて外に出る。  
   
伝えられなかったはず言葉を今、告げに行こう――

  

 
部屋に残された白百合が  
外へ行く少女を見守るように  
静かに佇んでいた。

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
 
「ダンデライオン/BUMP OF CHICKEN」をモチーフとしてます。
 
白百合の花言葉「純潔・無垢」
正確に言うと一部を除く全ての百合の花言葉ですが、その中でも白百合は格別な気がすると作者が勝手に思ってたり。
早熟だったであろう来ヶ谷さんの過去を妄想全開で捏造してみましたがいかがでしょうか?
ああ、それにしても理樹と付き合うようになってからの姉御は赤面無垢っぷりは・・・破壊力ありすぎる・・・。
 
最後に、読んでくださった皆様方、ありがとうございました
 

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