――どうしたの、理樹君
   
退廃した空気。  
澱んだ空気が立ち込める部屋の中に  
僕は一人の女の子と共にいた。
   
――なんでもないよ
   
問いかける彼女にそう応えて  
僕はベッドに潜り込む。  
気だるい。  
ただひたすらに、眠りたかった。
   
――んしょっと・・・えへへっ
   
もぞもぞっと布団の中に潜り込んでくる少女。  
僕の顔のすぐ側に顔を出すと、悪戯っぽい笑顔で見つめてくる。  
その瞳をじっと見つめ返し、  
僕らは静かに口付けを交わす。
   
――ん・・・
   
甘い吐息が漏れる。  
赤く染まった頬を見て、  
今度は唇を奪うように吸い上げる。
   
――ふ・・・はぁ・・・
   
息継ぎを許さず、舌を絡み捕る。  
熱っぽい視線に浮かされ、ただただ獣のようにお互いを貪り合う僕たち。
   
――ねえ、理樹君
   
コトが終わった後で、甘い声で少女がささやく。  
天使の、あるいは悪魔の囁き。  
言葉を紡ぎだす唇が、やけに紅く不吉に見える。
   
――いいもの見せてあげる
   
そういった少女が、  
取り出したのは、一枚の告発書。  
彼女はそれを  
僕に見せ付けるように突きつける。  
そこに記された罪が今、  
紐解かれていく。

  

 
コンコン  
ドアをノックする。
   
――はい、どなたですか?  
――僕だよ  
――直枝さん?・・・今開けますから、ちょっと待っててください
   
ガチャン  
閉ざされていた扉が開く。  
目の前には  
不思議そうに首をかしげる  
一人の女の子。
   
――どうかなさいましたか?  
――ううん、特に用事ってわけじゃないんだけど・・・なんか、急に顔、見たくなっちゃって
   
僕の言葉に少し顔を赤らめる少女。  
あまり見せることのない恥じらいの姿。  
心からこの子を守りたい――  
そう、思えてくる。
   
――それは、殺し文句、というものでしょうか?  
――ええ!?いや、そんなつもりじゃ・・・  
   
逆にやり込められてしまう僕。  
なんだかおかしくて  
どちらからともなく笑い合う。
   
――こんなところで立ち話もなんですし  
――中へどうぞ  
――ただし、あまりジロジロ見ないでくださいね
   
そういって僕を招きいれる西園さん。  
部屋の中を見渡す。  
少し乱雑に詰まれた本の山以外は  
とても整頓された部屋だった。
   
ふと床に目を留めると  
どことなく不思議な印象のカードと  
『初めてのタロット占い』と表紙に書かれた本。
   
――西園さん、タロット占いとかできるんだ?  
――はい。最近始めたものですから、基本的なスプレッドしかできませんが
   
スプレッド?  
タロットには詳しくない僕には何のことだかさっぱりだ。  
しかし、興味はある。
   
――へえ、じゃあ試しに僕を占ってみてよ  
――え・・・
   
時が止まる。  
僕の言葉に  
何故か動揺する西園さん。  
どうしたんだろう?
   
――あ、なんかまずかったかな?  
――いえ、そういうわけでは・・・
   
言葉では否定するも  
明らかに彼女の態度は  
『拒絶』だった。  
   
中庭での会話。  
本を借りて読んだこと。  
少しは仲良くなれた。  
そう思っていたのは、僕の思い上がりだったのだろうか。
   
そんな僕の感情が、表情にまで出ていたのか  
彼女は気まずそうに目を伏せる。  
正直、こんなつまらないことで喧嘩なんてしたくなかった。
   
――いや、無理いってごめん。ちょっと興味があっただけだし、気にしなくていいよ。  
――わかりました  
――え?  
――占いましょう  
――あなたの、これからを  
   
そういった西園さんの目は  
僕の顔の、その先を見据えているようだった。
   
――どうぞ、座ってください
    
座布団を手渡される。  
僕が座る間に、彼女は脇にあった小さなテーブルを持ち出し  
僕と対極の位置に腰を据える。
   
――正式には78枚でやるものなのですが  
――大アルカナだけでも十分占うことができますので、今回は22枚で占いましょう
   
繰り広げられるシャッフル  
テーブルの上に広がるカードの波。  
ザザザッと聴こえるシャッフルの音と相まって  
海みたいだな、なんて思った。
   
――どうぞ
   
いつの間にやら終わったのか  
目の前には、タロットの山札  
   
――直枝さんの手で、カットしてください  
――カットって?  
――上から半分ほど持ち上げてください。自然に別れるところを目安に  
――こう、かな
   
そういって山札から半分ほどカードを持ち上げる。  
なんとも不思議な感覚だった。  
占っている、という雰囲気が空間を支配している。
   
――その札を下の山札の脇においてください  
   
言われたとおりに札をおく。  
鎮座する二つの山札。  
その一つを掬い上げ、一方に重ね合わせる西園さん。  
ふと違和感に気づくも、その正体はつかめない。  
彼女は一つ息をつき、続ける。
   
――今から行う展開、スプレッドは  
――スリー・カード・リーディングと呼ばれているものです  
――このスプレッドは、ここ一月前後の過去・現在・未来、つまり、状況の流れを占うのに最適です  
――ワン・オラクルと並んで、タロット占いのスプレッドでは最も基本的な型とされています
   
淡々と説明を続ける彼女。  
しかし、特に知識のない僕には、何のことだか全然わからない。  
わかったことと言えば、彼女はどうやらここ一月の  
僕の過去・現在・未来を占おうとしていることだけだった。
   
僕が理解できているかどうか、  
そんなことを気にした様子もなく説明を続ける彼女。  
まるで、自分自身に言い聞かせてるような。
   
――では、始めます
   
山札から一枚ずつカードを捲り展開していく。  
そこで、ようやく僕は先ほどから感じていた違和感の正体に気づく。  
   
彼女は、占いが始まってから、一度も僕の顔を見ようとしていない。
   
偶然かもしれない。  
単に占いに集中するあまり、僕の顔を見る余裕なんてないだけなのかもしれない。  
でも、僕にはそれがとても重要なことのように思えた。  
まるで、魚の骨がのどに引っかかっているかのように  
胸の奥底に燻る。
   
展開が終わり  
目の前には、裏返された3枚の札。  
何の変哲もない、3枚の札。  
僕を占う、3枚の札。
   
――それでは、リーディングに入ります  
――直枝さん自身の手で、左の札から順に表にしてください
   
言われたとおり、左から、  
『過去』を紐解く。  
ピラッ  
一枚目。
   
――The Magician―『魔術師』の正位置
   
西園さんの声が部屋の中に響き渡る。  
彼女から放たれた声が  
直接、あるいは壁に跳ね返って、はたまた窓に跳ね返って、  
僕の許へやってくる。  
まるで脳髄に染み込んでいくかのような  
四方八方からのその声に  
ズキリ、とこめかみの辺りが痛む。
   
――このカードは、『始まりの1』と呼ばれる、22枚の大アルカナのうち、最初の一枚として扱われるカードです  
――このカードが正位置で現れたとき  
――それは新しい出来事、新しい出会い、そういった新たな『始まり』を意味します  
――直枝さんにもそんな『始まり』と呼べる出来事が、あったのかもしれませんね
   
始まり。  
新生・リトルバスターズ。  
新たに5人を加え  
10人となった僕の仲間たち。  
そして何より、  
目の前にいる少女との新たな関係。  
それはずっと以前から続いていたものでなく、  
確かに、ここ数週間ほどの、出来事だった。
   
ピラッ  
僕の指が、  
2枚目、真ん中のカードを捲る。
   
――The Moon―『月』の正位置
   
表になった、『現在』のカード。  
靄で覆われたあやふや僕の現在。  
それが、今、僕の目には映っているのだろうか?  
   
――このカードの正位置が意味するところは  
   
カードに描かれた満月の絵に吸い込まれていく。  
そんなイメージがふと脳裏をよぎる。
   
――曖昧、不安
   
クラスでの出来事。  
無視ではない。  
強いていうなら  
あれは『無』だ。
   
――懸念、恐怖
   
先日の商店街での出来事。  
道を行く『西園さん』の  
傘をささぬ立ち姿。  
振り向く彼女が  
僕に向けた、とびきりの笑顔。  
あれは――
   
――予感、胸騒ぎ
   
見透かしたような目で僕を見つめる西園さん。  
事ここにいたってようやく、彼女は正面から僕を見据える。  
何も映さない、二つの眼。  
グラリと  
ゲンジツが揺らいでいく。
   
ピラッ  
震える指を無理やり動かし  
3枚目、『未来』に手を触れる。
   
――The Lovers―『恋人』の逆位置
   
恋人。  
そう発音したとき、彼女の声が震えたような気がして  
わけもなく、ズキリと胸が痛んだ。
   
――このカードの逆位置での意味は
   
僕の未来の示すカード。  
『恋人』の逆位置。  
その絵柄の中の恋人たちが、僕の目にはどう映っているのか。  
彼女の目には、どう映っているのか。
   
――恋愛関係の不和、チャンスを逃してしまうこと
   
目を見つめる。  
琥珀色の瞳が、僕を射抜き、そのまま壁へと突き刺さる。  
そんなイメージを覚える。
   
――そして
   
耳を塞ぎたかった。  
冷たい、無機質な声。  
天井から脳天目掛けて降り注ぎ、  
僕の全身を駆け巡っていく声。

  

 
――選択の、失敗  

  

 
――思い出してくれた?  
――あ・・・あ・・・
   
突きつけられた告発書―『恋人』のカードを手に  
僕は崩れ落ちた。
   
今はもういないあの人の声が、脳裏に蘇る。  
彼女はあのとき、なんと言っていたか。
 
   
――直枝さん、いい結果が出なかったからといって、気に病むことはありませんよ  
――占いは、占いですから  
――それに  
――ある人にとって、ある選択が間違いであったとしても  
――ある人にとってみれば、それこそが正解  
――そういうことがあったって、いいと思いませんか?
 
   
そうだ。  
こういっていたはずだ  
だとするならば。  
これは、彼女が望んだ世界?
   
そしてまた、僕は思い出す。  
彼女がいつも大切にしていた本。  
僕に委ねられた本。  
彼女が、『わたしそのもの』とまで口にした、本。  
   
――『わたしが、直枝さんに、持っていて欲しいんです』
   
託された願いは、  
叶うことなく、  
堕ちて行く。  
どこまでも、どこまでも。
   
こんな世界、望むはずなんてない。  
自身を他人に預けること。  
『わたし』を持っていて欲しいと願うこと。  
そんなことをする人が、  
『忘れられること』を願うはずもなく。  
だから、この世界は彼女の望むものじゃない。
   
――キミは、間違えてしまったんだよ
   
そうだ。  
僕は間違えてしまった。  
忘れてしまったんだ。  
大切な、コトを。
   
――『自分の記憶は信じてはいけないのか?』  
――『あはは、考えすぎだよ』  
――『本当に大切なことは、きっと覚えているから』
   
いつかの既視感の話。  
記憶の曖昧さに戸惑う鈴に、  
僕は笑い飛ばしてこう答えた。
   
涙が頬を伝う。  
この涙は、何のための涙だろう?  
後悔のため?  
違う。  
ただ僕は、情けなくて泣いていた。
   
――どうしたの?(どうしましたか?)  
   
左の耳からニシゾノミオの  
右の耳から西園美魚の  
声が聴こえる。
   
――理樹君?(直枝さん?)
   
左の耳から罪の告発を  
右の耳から罰の宣告を  
受けているかのように、僕の体が苛まれてゆく。
   
わかってしまった。  
僕にできることは、もう何もないこと。  
ただ終わりを待つことしかできないということ。
   
脳髄がその事実を理解したその瞬間  
ズキリと  
見えない何かが頭の中に侵入してくるような  
そんな痛みを覚える。
   
ああ、来たんだ。  
うん、わかったよ。  
   
苦しかったよね?  
つらかったよね?  
寂しかったよね?  
悲しかったよね?
   
安心して  
僕も今、そこに行くから。
   
そうして最後の意識が刈り取られる、
   
――
   
その直前に聴こえた言葉は――

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
 
美魚バッドエンドの変形型、のつもりで書きました。
美鳥を選択したときのあのなんともいえない後味の悪さというか、そういうものを描いてみたかったのです。
ちなみにタロット使ったのはたまたまクラナドのアニメで椋見て思いついただけです。
最初は理樹と美魚が街に出て占い師「藤林椋」と出会って云々なんて話を考えていたのですが椋の性格的にあまりシリアスにならなそうだったので・・・。
 
最後に、読んでくださった皆様方、ありがとうございました
 

戻る inserted by FC2 system