「沙耶、お願いがあるんだけど聞いてくれるかな」

 理樹くんが言う。
 真剣な目で、言う。
 その目はまるで、とても大切な何かを今から伝えるかのような真摯さに満ち溢れていて。
 だからあたしは、静かに一言だけ、こう返した。

「なに?」

 万感の意を込めて。
 大好きな彼の、何もかもを受け入れる、そんな覚悟と共に。
 何だろう?
 何を言い出すんだろ?
 って、そんなの決まってるよね。
 お互い好きだってことを伝えあって、『デートしよう』って手を繋ぎあって街を歩いて。
 その帰り道に寄った公園のベンチ。二人だけの空間。
 さて、ここで、問題です。
 見つめ合った恋人たちは、ここで何をするでしょう?
 答えは今から三秒後!
 3、2、1、はい――



「パンツ、交換しない?」
「しねぇよ!!」



 ――期待したあたしが馬鹿でした。






交換度100%






 握った拳を、顎目掛けてフルスイング。脳を揺さぶるはずだったその一撃は、しかし理樹くんの思わぬ反射神経によってあえなく阻まれた。彼は体を正面に向けたまま、後方へ二メートルほどジャンプし、タトン、と華麗な着地音でもって地へと降り立った。「やるね」とニヒルに笑いながら顎を軽くなでるように拭うその仕草は、こんな状況でなかったら少しは格好良く見えたのかもしれないけれど、実際には理樹くんの左手には彼のものらしい青と緑が入り混じったタータン・チェック模様のトランクスが握られており、しかも先の拳が顎を掠めたのか、膝ががくがくと笑っていてすごく格好悪かった。

 すぐさま脳天を撃ち抜いてやりたい衝動に駆られ、右の太ももに仕込んでおいたベレッタM92を引き抜く。照準を合わせ、引き金を引けばそれで終わり。世界はリセットだ。でも、あたしにはそれができなかった。

――ん? 沙耶、何を見てるの? ああ、ソフトクリーム屋さんだね。食べたい?
――べ、別に食べたくなんか……ま、まあ理樹くんが食べたいっていうなら付き合ってあげてもいいけど!
――ははっ、沙耶は素直じゃないんだね。わかった、じゃあ僕が食べたいから、ついでに沙耶の分も買ってくるよ
――う、うん。……ありがと

 さっきまで続いていた、蜂蜜みたく甘く蕩けるような幸せな時間を与えてくれたのは、紛れもなく目の前で「さあ、レッツトレード!」と爽やかに微笑みながら脱ぎたてのトランクスを差し出してきている彼だから。無性に殴りたくなる顔をしている彼だから。
 嘘みたいでしょ?
 でも、本当のことなの。
 残念なことに、ね。

――おいしいね
――そう? 屋台にしてはまあまあ合格点っていったところじゃない?
――その割りにはえらく食べるの早かったよね
――う……なによその『ああこの人は――』
――あ、ストップ、動かないで
――ひゃわあ!? い、い、い、いきなり何を!
――よし、取れた。ほっぺにクリームついてたよ
――ぁぅぁぅ……

 思い出が胸を掠める。思い出と名づけるには、あまりにも近接した過去。それは数分前の出来事であったか、はたまた十数分前の出来事だったかもしれない。
 今目前で対峙している少年にもはやその面影はなく、けれど確かにこの人は理樹くんで。
 だからあたしは、引き金を引くことが出来ず、呆然と立ち尽くしていた。
 
「沙耶?」

 お馬鹿モードな理樹くんは、あたしの心情など知る由もなくにこにこと微笑んでいる。表情だけをみれば『さ、手を繋ごう?』と言い出しかねない素敵な笑みだった。されどその手が握るものの存在感が圧倒的過ぎて、まったくドキドキなんてしない。これならまだ呪いのブードゥー人形を手に「結婚しませんか?」と言われたほうがマシな気がした。もちろんそれもお断りだけど。
 
 不意に『バッキャロー!!』と叫んでやりたくなった。脳内シミュレート、スタート。叫んだ勢いに任せてビンタ、ビンタ、ビンタ! 『おぶぶぶぶぅ!?』と叫びながら許しを請う理樹くんに、あたしは無情にもこう宣告するのだ。

『もう、理樹くんなんて知らない!』

 そしてさり気無く眉間に肘鉄を入れながら華麗に駆け去る。もちろん彼が追いかけてきてくれるのを期待して。

『沙耶、僕が悪かったよ、ごめん!』

 あたしを失う恐れを感じ取った理樹くんは、素直に頭を下げて謝罪する。あたしはまだ怒ってるんだからというポーズを崩さないままに、何かお詫びはないの、という想いを乗せてジト目で睨み付ける。鋭敏で優しい理樹くんは、静かに近寄ってきゅうっとあたしを抱きしめ――そこでフェイドアウト。

 エクセレント! 完璧じゃないか、ブラボー! 捻じ曲がった事態を丸く収めるには、もうこれしかない。さあ、沙耶、叫ぶのよ。1、2、3、バッキャロー!

「きょ、今日だけ、だからね……」

 だぁー! 違うっつーに! 何をあたしは恥じらいながら恐る恐る理樹くんのトランクスに手を伸ばしているのよ!
 こんな、男の、汚らしい、脱ぎたての、でも理樹くんの、いやいや、結局汚らしいことに変わりはないじゃない!
 まだ間に合う。まだ受け取ってはいない。そうだ、受け取る振りをしながらぱんつを彼の口に突っ込むというのはどうだろう? 自分がどれだけ汚らしいものを渡そうとしているのか、思い知らせてやるのだ。ナイスアイディア! 起死回生のチャンス! でも悔しい、受け取っちゃった! 

 握り締めた理樹くんのトランクスは、脱ぎたてなせいかやけに熱く感じた。じんじん熱い。違う、これはあたしの体から発散されている熱だ。なぜあたしはこんなに熱くなっているのか。答えは単純明快。あたしは屈辱と羞恥で怒りに燃えているんだ。さあこれを丸めて理樹くんにぶつけてやるのよ朱鷺戸沙耶。ピッチャー第一球投げました! ストライク! 見事にあたしの制服のポケットに収まりました。本当にありがとうございます。

「さあ沙耶、君のぱんつを僕に」

 冗談じゃない。あたしは処女なのよ!? 処女のぱんつにどれだけの値打ちがあると思ってるの。理樹くんになんてあげないんだから。そうよ、理樹くんはそのままノーパンで寮に帰ればいいのよ、風通しのいい下半身をひた隠しにしながら、惨めにとぼとぼと歩けばいいのよ! 笑っちゃうわ理樹くんったらもう、あーっはっはっは!

「これが沙耶の今日のぱんつなんだね……うん、ピンク色の、綺麗なぱんつだ」
「あ、あんまりじろじろ見ないでよね……」
  
 でも悔しい、渡しちゃった! 
 どう見ても笑っちゃうのはあたし自身でした。
 父さん、見ていますか。
 あなたの娘は、今日も元気にノーパンスカートで秋風靡く公園を、愛しの彼と優雅に過ごしています。
 本当にごめんなさい。

「じゃあ、履いてくるからちょっと待ってて」
「履くのっ!? なんで!?」
「なんでって、ぱんつは履くものだからだよ」

 コロンブス船長大変ですぱんつは履くものだそうですなんだってそいつは新大陸よりも大発見じゃないかジーザス。
 とすると、あたしも理樹くんのぱんつを履かなきゃいけないのだろうか? なんか騙されてる気がする。だけど理樹くんだけあたしのぱんつを履くなんてずるい気がするので、着替えのためトイレへと向かう彼に合わせてあたしも移動した。
 トイレで素早くぱんつを身につけ、外へ出た瞬間にやっぱり騙されてるんじゃないかと思ったけど、もう何もかもどうでも良くなっていたのでそのままベンチへと戻る。先に戻っていた理樹くんが、満面の笑みで「おかえり」と出迎えてくれたのでふと我に返って泣きたくなった。何してるんだろう、あたし。
 
 とりあえずトランクスってやつは思った以上に風通しが良くて、下半身がスースーしてなんだか落ち着かない。そわそわと足をすり寄せるあたしを見て理樹くんが「ああ、僕もブリーフからトランクスに替えたとき、なんだかスースーして落ち着かなかったんだよ。大丈夫、すぐ慣れるさ」なんて言ってくれたけど、そんな情報は別に欲しくなかった。慣れたくもないし。






 二人の間を、沈黙の貴公子が駆け抜ける。彼は槍を持ち、疾風のごとくあたしたちを切りつけていていく。痛い。痛い。沈黙がすごく痛い。1マイクロ秒ごとに魂を五分刻みにされ、あたしは声にならない悲鳴をあげていた。

「沙耶、今君はこう思ってるかもしれないね」

 そして、そんな苦しんでいるあたしに救いの手を齎してくれるのは、いつだって、理樹くんだ。彼は女物のぱんつを履いていることなんてまるで感じさせない、完全なる紳士然とした態度であたしに向き直ると、続けてこういった。

「『どうしてあたしはこんな馬鹿な人を好きになっちゃったんだろう?』って。たしかに、今の僕は馬鹿に見えるかもしれない」

 いやどっちかというと変態にしか見えないんだけど、なんてツッコミは、純粋無垢な彼の目の輝きを見ていると、自然と引っ込んでいく。あたしが先を促すようにひとつ頷くと、彼は続ける。

「でも、僕はこう思うんだ。そもそも恋愛なんて、そういう男女がやるものなんじゃないかって。恋をしたら冷静でなんていられない。理知的な恋なんて、ないんだよ」
「……」
「狂おしいほどその人のことだけしか考えられなくなる。日がな一日、ずっと考えている。今あの人は何をしているんだろう? 何を食べ、何に笑い、どんなぱんつを履くのだろう? そんなことを、ずっと考えているんだ」

 彼はそこで一呼吸入れると、照れくさそうに頭をぽりぽりと掻いて付け加えた。

「――僕の場合は、君のことをね」

 あたしはどんな顔をしたらいいかわからず、俯いてしまった。笑えばいいのか、怒ればいいのか。
 答えは出せないままに、彼はどこまでも真面目に、続ける。

「沙耶、誓って言うけど、女の子のぱんつを履いたのは、今日が初めてだよ。本当さ。君のことが好きだから、履いたんだ。そしてこの先、他の誰かのぱんつを履くこともない――君がそばにいてくれる限り、ね」
「……ほんとう?」
「もちろん」

 迷いなく、こくりと頷く。その微笑みは、何かを信じさせてくれる力強いものだった――何かはわからないけど。

「僕は今、とても幸せだよ。好きな人と手を繋いでデートして、おまけにぱんつまで交換できたんだから。沙耶は、どうかな?」
「あたしは……」

 あたしは、どうなのだろう? 今のあたしは幸せなのだろうか?
 初恋の男の子。その正体は、好きな子のぱんつを履きたがる変態でした。だけどそれがどうしたというのでしょう?
 彼は言いました。
 『好きだから、履くんだよ』って。
 迷うことなく、躊躇うことなく、恥らうことなく。
 
「あたしも、幸せ……だと思う」
 
 だからあたしは言いました。
 二人の想いは一つなんだって。
 今、あたしの下半身は、かつて理樹くんのそれを包んでいたもので包まれています。
 代わりに理樹くんの下半身は、かつてあたしのそれを包んでいたもので包まれています。
 交差クロスしているのは、想いだけじゃない。
 想いだけじゃ、足りない。
 想いだけじゃ、交換度シンクロりつ70%。
 下着を交わして、交換度シンクロりつ90%。
 まだだ、まだ足りない。
 足りない、足りない、足りない。
 だからあたしたちは――

「キス、しよっか?」
「……うん」

 ――口づけを、交わす。
 熱く滾る想いを、ぶつけ合う。
 上も下も、重なり合って、溶けていく。
 交換度シンクロりつ100%の恋。
 想いを交わし、下着を交わしたその先にようやくたどり着いた、初めの一歩。
 ここから、あたしたちの物語は始まっていく。

「沙耶、そろそろ帰ろっか」
「うん」

 気づけばすでに周囲は薄暗い闇に包まれ、公園の街灯が辺りを照らし出す時間だった。門限まではまだ余裕があったけれど、のんびりとしている暇はない。急いで立ち上がって身支度を整えると、あたしたちは公園の外へ、手を繋いで駆け出していった。



***



 お互い好きだってことを伝えあって、『デートしよう』って手を繋ぎあって街を歩いて。
 その帰り道に寄った公園のベンチ。二人だけの空間。
 さて、ここで、問題です。
 見つめ合った恋人たちは、ここで何をするでしょう?
 答えは今から三秒後!
 3、2、1、はい――

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
 どうも今沙耶SSは密かにぱんつ物がブームだということを聞いて書いてみましたうそですすみませんそんなことはないです。
 なんでこんなものを思いついてしまったんでしょうね。ほんと自分の神経疑います。いや前からこんなものだったかもしれない。
 オチが悩みに悩んだあげくしょぼくなってしまったのが残念だなぁ……どうせならもっと勢いで走ればよかったのかも。でもね、ギャグに限ったことじゃないんだけど、ギャグの場合は特に、冷静になるとすごく悲しくなるときがあるんだよ……だからあまり読み返さずにUPして誤字報告受けたりしてうわなにをする(ry

 とりあえずリハビリがてら書いたものなので文章的に不安定なのが自分でもすげえ気になってます。なんだろ? 俺ってどんな文章書いてたっけな? みたいな。テキストが今やってるゲームにかなり引っ張られているのは仕様です。

戻る

inserted by FC2 system