ある冬の日の出来事。  
僕は以前葉留佳さんに貸していた『ことわざ辞典』が急遽必要になったので、それを返してもらうべく、女子寮にある彼女の部屋を訪ねることにした。休日で賑わう女子寮の中を、顔見知りの女子に挨拶をしながら歩いていくと、すぐに目的地へと辿り着く。
 
「葉留佳さん、いる?メール送っておいたと思うんだけど」
 
そう、僕は『訪ねたところでいませんでした』なんて展開は避けたかったので、あらかじめ葉留佳さんにメールを打っておいたのだ。返信で『おっけー♪今日ならいつでもいいから取りに来てー』と来たので、『じゃあ今から取りにいくね』と返してすぐに向かうことにしたのだった。
しかし、呼びかけても返事はなく、扉を何度かノックしてみるも、何の音沙汰もなかった。彼女のことだから約束なんて忘れてどこかに遊びにいってしまったのかもしれない。そう思い、諦めて帰ろうかと思ったけど、ダメモトで扉に手をかけてみると、驚いたことにすんなりと開いた。
  
「無用心だなぁ……」
   
いくら学生寮の内部だからといって、まったく安全というわけではない。事実、今年に入って数件、盗難事件も発生しているぐらいだ。  
そんな事情もあって、大抵の人は部屋を空ける際には必ずといっていいほど鍵をかけている。
  
「まあ、葉留佳さんだし仕方ないか……悪いけど廊下は寒いから中に入って待たせてもらおう」
    
勝手に入ったりしたら怒られるかとは思ったけれど、この際我慢してもらおう。  
そもそも約束したのに不在にしている葉留佳さんにも非があるんだから。
   
そうやって自分を正当化しつつ室内に入ったところで、葉留佳さん、によく似た一人の女生徒が部屋の中央でうずくまって何かをやっているのが目に入った。彼女――二木佳奈多さんは、葉留佳さんの双子のお姉さんで、学年トップクラスの成績優秀者で、しかも風紀委員長までやっているという、いろいろなステータスをお持ちの方だ。おそらく僕と同じ学年で彼女のことを知らない人はいないと思う。それぐらい有名な人だった。
   
ちなみに、姉妹なのに苗字が違うのはいろいろとワケ有りだかららしい。興味があって以前葉留佳さんにそのことを尋ねたとき、どうも突っ込んでほしくなさそうな様子だったので結局聞けず仕舞いとなってしまったので、事情はよく知らない。ただ、そのときの葉留佳さんの様子から、興味本位で聞いてはいけない類のものであるのは確からしかった。
   
彼女は突然の闖入者であるはずの僕にまったく気づいた様子もなく、何かに集中しているようだった。何をしているのかまでは、彼女が背を向けているのでわからない。声をかけようかと思ったけれど、彼女が身に纏うオーラに気圧されてそれもできそうになかった僕は、物音を立てないようそっと彼女の正面に回りこむことにした。
 
(トランプ……?)
   
顔が見える位置まできてようやく、彼女が何をしているのかがわかった。  
2枚1組のトランプをうまく立てて積み重ねていくやつ――正式に何と言うのかは知らないけれど、僕はトランプタワーと呼んでいる――を、真剣そのものといった表情で組み立てていたのだった。
 
「……ふぅ」
   
2段目が終わったところで、彼女は小さく息をついた。  
よほど神経を使っていたのだろう、冬だというのに額には汗が滲み出ていた。  
と、そこで初めて彼女が僕の存在に気づいた。
 
「……あなた……直枝理樹?」
   
訝しげな表情で僕を見やる二木さん。  
『一体いつの間にいたの?』だとか『そこで何をしているの?』といった疑問が目に浮かんでいたので、丁重に答えることにする。
 
「葉留佳さんに貸していたことわざ辞典を返してもらいに来たんだ。それで、今来たとこで、何度かノックはしたんだけど返事がなくてさ……で、鍵が開いてたから」
「鍵が開いてると女子の部屋に無断で侵入するのね、あなたは」
    
しかし、途中でぴしゃりと遮られてしまう。  
フンと鼻を鳴らし、胡散臭そうに僕を品定めするようにじっくりと見やる。  
やがて興味を失ったのか、手に持ったトランプをいじくりながら吐き捨てるように言う。
 
「葉留佳も物好きね。こんな男のどこがいいんだか」
「なんだかボロクソに言われてるような気がするけど……というかどういう意味さ」
「別に」
   
そういって再びタワーの設営にとりかかる。まったく取り付く島もない。  
かといって葉留佳さんが来るまですることもないので、怒らせないように慎重に話しかける。
 
「ねえ、二木さん」
「気が散るから話しかけないで」
「いや、何してるのかなって思って」
「見てわからない?」
   
ソレから目を外し、そのまま僕のほうへと視線を動かす。  
その目は『もしかしてあなたって、馬鹿?』とでもいうかのような蔑みを含んでいた。  
いや、さすがの僕でも彼女が何をしているかぐらいはわかるんだけど。  
問題は行為そのものじゃなくて、一体どうして二木さんが葉留佳さんの部屋でトランプタワーを組んでいるのかってことなんだけど。
 
「どうして二木さんが葉留佳さんの部屋でトランプタワーを立てているのさ……」
    
思い切って胸のうちをそのままぶつけることにした。  
『あなたには関係ないでしょうに』とか言われるかと覚悟していたけど、意外にも彼女は普通に答えてくれた。
 
「葉留佳に用事があってきたのだけれど、いなかったから中に入って待つことにしたのよ。……あの子ったら、鍵もかけずに無用心なんだから……まったくもう」
   
要するに、僕とまったくといっていいほど同じ境遇というわけだ。  
というわけでここは一つ仲良く……
 
「お断りよ」
   
そうですか……というか、今心の中読まれたっ!?
 
「顔に書いてあるわよ」
   
また読まれたし。そんなに顔に出やすいんだろうか?  
まあそれはいいとして、
 
「それで、どうしてトランプタワー?」
「テーブルの上にトランプが置いてあって、暇だったから。これでいいかしら?」
   
素っ気無くそう返事をすると、再び作業に戻ってしまう。  
どうも僕は彼女にあまり快く思われていないらしい。  
仕方がないので彼女の暇潰しを見て暇を潰すことにする。
 
「……」
「……何か用?」
「いや、別に用はないけど」
「用もないのに見ないで頂戴」
「でも他にすることもないし」
   
押し問答をするだけ無駄だと思ったのか、二木さんはテーブルに置かれていた何かを手に取り、それを僕のほうへと放り投げた。
 
「っとっと。……トランプ?」
 
投げ渡されたのは、デザインこそ若干違えど、ちょうど彼女が使っているのと同じタイプのものだった。
どうやらトランプは2組あったらしい。2組108枚で巨大なタワーでも作ろうと思っていたのかもしれない。
  
「あなたもやってみたら?……まあ見たところたいした集中力もなさそうだし、無理でしょうけど」
   
フフンと鼻で笑いながら挑発するように僕を見据える。

  

 
カチン

  

 
その瞬間、何かに火がついた。

  

 
トランプタワーを組む上でもっとも重要なことの一つに、『土台探し』というものがある。  
これはまあ要するに、途中で崩れる可能性を少しでも回避するために、なるべく滑りにくい場所を探すというものだ。  
何しろ1組54枚のトランプをフルに活用してタワーを建てようとすると、総数40枚・全5段のタワーになるのだ。(ちなみに、6段のタワーにしようとすると57枚のカードが必要になる)  
2段目ぐらいまではわりとすぐにできるのだけど、3段目以降は急に難易度が上昇する。その際、少しでも土台が滑りにくいほうが成功率は飛躍的にアップするのだ。  
故に、ワックスのかかったフローリングはもちろん、滑りやすい木の机なんかも論外。  
意外にも絨毯なんかがやりやすかったりするんだけど(ただしあまりでこぼこしたものだと難しい)やはり理想はゴム・シリコン板だろう。
 
とはいってもまあ、さすがにそんな都合のいいものがあるわけ……。
   
「あったし……」
   
何故かゴム板が床に放置されていた。多分葉留佳さんがまた何か悪戯に使おうとどこかから拾ってきたものだろう。手にとって見ると、大きさも申し分ない。ここはありがたく使わせてもらうことにする。
   
ちらりと二木さんのほうを盗み見ると、彼女は三段目の後半に差し掛かっているところだった。2枚のカードを三角型に合わせ、慎重に2段目の上に載せようとしている。手がプルプルと震えている辺り、彼女もそれほど余裕があるわけでもないのだろう。
 
悪いけど、この勝負、もらったよ!
   
彼女がタワーの土台にしたものをみて僕はほくそ笑む。見れば、二木さんは滑りやすそうなガラスのテーブルの上に直接タワーを積み上げているのだ!あれでは、せいぜい3段が関の山。それから先は文字通り地獄と化すことだろう。
   
そもそも勝負ですらないにも関わらず、僕は勝利を確信する。が、しかし油断は禁物だと自分を諫め、僕も自分のタワーを慎重に組み立て始めることにする。本当は風向きとかにも注意すべきなのだけれど、幸い室内は密室となっており、その点心配はなさそうだった。

  

 
「調子はどうかしら?いくらあなたでも、そろそろ一段くらいは建てられた頃かしらね……なっ!?」  
   
組み立て始めてから10分。僕がそろそろ挫折する頃だとでも思ったのか、少し離れたところで作業をしていた二木さんが僕の許へとやってきていた。集中するあまり最初来ていたことに気づかなかったけれど、彼女が驚きの声を上げたので、その声に反応して僕は顔を上げた。
   
「どうかしたの?」  
「……まさか……もう三段ですって!?」  
「ああ、僕、結構これ得意なんだよね」
   
呆然と僕を見下ろしている二木さんに、内心勝利の雄たけびを上げつつ、しかし何でもないことのようにすらりと僕はいう。
   
そう、何を隠そう、トランプタワーは僕の十八番だったりする。

  

 
子供の頃から(主に恭介が)何か新しいものを見つけては一緒に遊んだり、時には競争したりしていた僕たちリトルバスターズ。その遊びの中の一つに、この『トランプタワー』があったのだ。
恭介、鈴、真人、謙吾と錚々たる顔ぶれの中で、競争において僕が対抗できたものは数少ないけれど、その中でもこのトランプタワーだけは他の追随を許さなかった。真人や鈴はこの手の遊びは全然だめで、
   
『こんなんできるかぼけー!』  
『うおおおおおおイライラするうううう!!!!』
   
なんて、開始10分もしないうちにリタイアしてしまう。集中力のありそうな謙吾さえも、
 
『ここまでか……無念……』
 
なんていって、三段ぐらいで力尽きて倒れてしまうほどだ。万能型の恭介はというと、
 
『お!なんとか一段目できたぜ!?』
『おっとわりぃ、手が滑った』
『俺のタワーがああああああああああ!!?』
 
なんて、もっぱら他者の妨害工作に勤しむあまり、自分のタワーは疎かにしがちだった。  
そんなわけで、トランプタワー競争ではいつも僕が一番乗り(というか僕以外に完成させたことがない)だったのだ。

  

 
「……なかなかやるじゃないの。まあ、私の全力には少し及ばないわね」
   
こめかみをひくひくさせつつそんなことを言う。  
僕もさっきのお返しとばかりに挑発するように言い返す。
   
「へえ……ぜひ拝見させてほしいものだね、二木さんの『全力』ってやつ」  
「……いいわ、見てらっしゃい」
   
そういうと、彼女は唇を歪めて悔しそうに自分の持ち場へと戻っていった。
   
やった!  
少なくとも今の所は、僕の完全勝利だ!  
しかし、ここで油断してはならない。  
馬鹿は大抵そうやって失敗して痛い目を見るのだ。  
よく漫画やゲームなんかでは、ここらで一丁余裕を見せるかとばかりに、主人公たちを弄ぼうとする敵が現れるが、それと同じだ。  
やつらはまったくわかっちゃいない。  
一気にトドメを刺してしまえば、勝利は揺ぎ無いものとなるというのに――
   
とは言ったものの、実はこれ、ものすごく神経を削る。  
とりわけ、カードが一ミリずれただけでも致命傷となりうる三段目以降にいたっては、常に死と隣りあわせといっても過言ではない。  
今後の為にもここらで一息入れておくのもいいだろう。
   
もう一度二木さんのほうを窺うと、彼女は4段目をどう攻めるか考えあぐねている様子だった。  
顎に手を当て、しきりに唸ったりしている。  
よほど僕には負けたくないんだろう、先ほどまでとは異質なオーラが彼女の体から迸っていた。  
 
……結構負けず嫌いなんだね、二木さんって。
   
口には出さずに、心のなかでそう呟く。  
立ち上がり、凝り固まった体中の筋肉をほぐしながら窓のほうへと向かう。  
今日は格別寒いから、ひょっとすると雪でも降るんじゃないかと思ったのだ。

  

 
そして、  
この時点で僕の敗北は揺ぎ無いものとなった――

  

 
確信があったわけじゃない。  
あくまでも、可能性というレベルの話だ。  
だから、窓をチラッと見るに留め、すぐさま振り返ったのは、あくまでも偶然だった。  
窓に目を向けてから、またすぐに部屋の中へと視線を戻す。  
その間、実に、約2秒。  
座っている体勢からでは、おそらく常人ではせいぜい立ち上がるのが限界、というこの瞬間でもって、しかし彼女は見事なまでにミッション・コンプリートを果たしていた。
   
いや、『おそらくは』果たしたのだろう。  
というのも、僕が見たものといえば、さきほどまでと変わらぬ体勢で唸り続ける二木さんと、『おそらく』その方角から放たれたであろう、弾丸と見紛うほどの勢いで今まさにマイタワーに襲い掛かろうとしている手裏剣――否、トランプのカードだけだったのだ。  
瓦解を見届けられたのは、幸か、はたまた不幸か。  
飛翔するカードは、美しい弧を描きつつ、僕のタワーの最下層に容赦のない斬撃を加えていく。  
その様は、僕が今までに見たどんな景色よりもなお、美しかった。  

  


こうして、製作総時間約10分のドリームタワーは、僕が自覚なくして見守る中、静かに息を引き取ったのだった。  

  

 
「ねえ、二木さん」  
「何かしら?」  
「何かこっちの方角からこんなものが飛んできたんだけど」
  
絶対に気づいていないはずはないのだけれど、内心歓喜に満ちているはずなのだけれど、あくまでも平静を装う二木さんに、犯行の際使用された凶器を見せ付ける。しかし、彼女は動揺した様子もなくあっけらかんと言う。
   
「さあ、見たことも聞いたこともないわね」  
 
いや、今まさにあなたが使ってるカードと寸分たがわず同じタイプのカードなんですが。
   
「私が気づかないうちに、風で飛んでいったのかもしれないわね」
   
いや、この部屋、密室なんですが。
   
「実に不幸な事故だったわ」
   
Exactly.(その通りでございます)  
いや違うって。明らかに人為的だって。
 
「証拠がないでしょうに」
 
それはまあ、そうなんだけど。
なんていうか、状況証拠というか、ねえ?
   
「まあいいじゃない。もう一度やり直したら?」
「”得意”なんでしょう?」
   
ニヤリと笑う彼女を見て、僕は確信する。

  

 
間違いない。  
この女、やりやがった……!  
これが、答えか……?  
全力を拝見させて欲しいと願った僕への、これが君の答えというわけかっ!!

  

 
だけどちょっと待って欲しい。  
一体何を熱くなっているんだろう、僕は。  
たかがトランプタワーごときで。
   
徐々に思考がクールダウンしてゆく。  
大体、彼女の言うとおり、証拠などどこにもないのだ。  
それに、僕の手にかかれば、30分程度で5段タワーぐらい作り上げられる。  
いつでも作れるんだ。  
まったく問題はない。  
それよりもここは、いちトランプタワリストとして、もう間もなく、見事に5段タワーを完成させようとしている二木さんの手腕に、素直に敬意を表すべきだ。  
何しろ、土台は滑りやすいガラス。
僕の見込みでは、3段が関の山だと思ったのだけど、彼女は既に4段をクリアし、ラスト、5段目に最後の三角を掲げようとしていた。
これは感嘆せざるを得ない……おそらく僕ではあの土台では4段目で崩してしまっていただろう……。

  

 
そして、そこまで考えたところで、2枚のカードが二木さんの手を離れ、トランプで彩られた美しい二等辺三角形の、その頂点を飾ったのだった。

  

 
「これで、完成ね」  
「おめでとう!」
   
一仕事終え、ほうと息をついた二木さんに向けて、祝福の拍手を送り届ける。  
何の嫌味も込めない、最高のプレイヤーに対する純粋な賛辞の拍手だ。
   
「な、直枝理樹……?」
   
初めは僕の行為に何か裏があるとでも思ったのか、警戒を隠せない様子だったが、めげずに僕が拍手を送り続けると、やがて照れた様子でぷいっと横を向いてぽつりと呟いた。
   
「あ、ありがとう」
   
その様子を見て、やはりなんだかんだいって彼女も嬉しかったんだなと思った僕は、名案とばかりに叫びだす。
   
「そうだ!記念に写真撮ってあげるよ!」
   
ごそごそとポケットを探り、携帯を取り出す。  
カメラ機能を呼び出し、二木さんに向けて携帯を構える。  
すると、彼女は慌てた様子で言った。
   
「べ、別にいいわよそんなの」  
「いいからいいから。遠慮しないで、さあ」  
「別に遠慮してるわけじゃ……」  
「あ、そうだ。アドレス教えてくれれば、写真、二木さんにも送ってあげるよ」  
「え、アドレス……?」  
「うん。あ、嫌ならいいんだけど……」  
「ま、まあ教えるぐらいなら構わないけれど……大した用もないのに送らないでほしいわね」  
「いやそんなことしないって」  
「そ、そう……?」
   
何故かちょっとがっかりした様子を見せる二木さんだったが、そんなことよりも早く写真を撮らないと。  
いつ、どこで災難が襲ってくるかわからないんだから。
   
純粋にタワーを完成させたことがうれしかったのか、はたまた僕の様子がおかしかったのか、ここに来て初めて見る微笑を浮かべる二木さん。  
不覚にもドキッとしてしまう僕。  
胸の内を悟らせないようにと一際大きな声をあげる。
   
「いくよー?はい、チーズ!」  
「いやーすっかり忘れてましたヨー。ごめんごめん!もう二人とも来てるかなー?」
   
バターン!  
バラバラバラー!  
カシャ、ウイーン!
   
その瞬間、世界が凍りついた。

  

 
解説するまでもないことなのかもしれないけど、僕自身、頭を整理するためにも何が起こったのかきちんと把握しておきたい。  
   
えーと、まず、僕が『はい、チーズ!』といった瞬間に、まったく突然に、部屋の主が戻ってきたわけだ。  
その際、勢いよく扉を開けてしまったため、部屋全体が、ほんの少しだけ揺れてしまったらしい。  
普段だったら『扉は静かに開けましょう』程度で済む行為も、このときばかりはそうもいかない。  
地盤の緩んだタワーの行く末は、もはや語るまでもなく。  
シャッターが切られたときには、すでにタワーは跡形もなく崩れ落ちた後だった。  
おそらく携帯のディスプレイには、嬉しげな微笑を浮かべる二木さんと、その横に並ぶはずだったタワーの残骸が写されていることだろう。  
正直、あまりにも不憫すぎて見ることが出来なかった。
   
「え、えーと、これは……もしかして、タイミング激悪ってやつですかネ……?」
   
一目見て現状を理解した様子の葉留佳さんが、微動だにしない姉を横目に見つつ、僕にそう問いかける。
   
「多分、今年一番の激悪っぷりだと思う……」  
   
なんとかそれだけを口にする。  
と、ここまで来てようやく、ゆらりと、幽鬼のように二木さんが動き出す。
葉留佳さんに向かって。  
一歩一歩、着実に距離を詰めていく。  
その表情は、俯いているせいか、よく見えない。
   
てかね、怖くて直視なんかできません。
   
ちなみに、葉留佳さんといえば、恐怖のあまり立ちすくんで動けないといった様子だった。
 
「葉留佳」
「ひゃ、ひゃい!!」
 
距離およそ1メートルというところで立ち止まると、二木さんはそう呼びかけた。  
呼ばれた本人は、今にも泣き叫びだしそうな表情だ。
 
「少し、女同士で話し合いましょう?」
   
口調こそ穏やかだったものの、葉留佳さんの腕をがしっと捕らえた手には、素人目に見ても万力並の力が込められていたように思われる。実際、葉留佳さんは痛そうに顔をしかめていた。  
ずるずると引きずられていく葉留佳さん。  
姉には何を言っても無駄と悟ったのか、彼女は嘆願するような目で僕にアイコンタクトを送ってきた。

  


『理樹くん、助けてええええ!』

  


それに対し、僕はさわやかな笑顔を浮かべてこう答えた。

  


『ごめん、無理』

  


『薄情者おおおおおおお!』とでも言わんばかりに顔を歪めて扉の向こうへと消え去っていく葉留佳さんを見送った後で、勇気を出して携帯のディスプレイを覗き込む。
そこには予想通り、嬉しげな微笑を浮かべて佇む二木さんと、辺りに散らばったタワーの残骸。
本来ならばタワーの後ろに隠され、写るはずのなかった壁時計が、『午前10時』を指し示していた。

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
 
どうもお祭り以降他の作者様の作品に強い影響を受けたのか、無性に変な理樹が書いてみたくなりました。で、どうせなら今までまともに書いたことのなかった佳奈多も巻き込んじゃえーってわけでこの作品が生まれたというわけです。
……ごめんなさい理樹はともかく佳奈多は完全に作者の妄想です。こんなん佳奈多じゃねええええと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、作者にとってはこれが佳奈多なんです。
ちなみにトランプタワー使ったのは、たまたま手元にトランプが置いてあって、『あー昔タワーとか作ったなぁ』なんて感慨にふけっていたら『あれ?もしかしてこれ、意外と絵になるんじゃね?』と唐突に思いついたからです。
 
おまけ
 

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