「続いてエントリーナンバー五番、神北小毬さんのご登場です!」

 司会進行の声と同時に一瞬会場が暗くなり、それからドゥルルルルルルという効果音と煌びやかなライトアップがステージの上を走る。
 僕は隣で「それにしても皆綺麗だね〜」とのんきにポップコーンを口に運びながら眺めている小毬さんを見て、いぶかしく思いながらも同意した。

「そうだね」
「理樹君も、あんな感じの女の子たちが好みだったりするのかな〜?」
「何を言ってるのさ、からかわないでよもう」

 つんつんと肘で突っついてくる小毬さんに、やはり軽く疑問を覚えながらもそう返した。
 横目でみると、ちょうど彼女はカップを傾けて最後の一欠片を喉に流し込んでいるところだ。
 僕は首をひねりながらもステージを注視する。
 なにかがおかしい。
 そんな僕の疑問を反映するように、会場には奇妙な空気が流れ始めていた。

 ざわざわ……ざわざわ……

 あるべきはずのものがない――まるで水族館に行ったのに肝心の魚が見当たらなかった時に感じるような不審感が滲みつつあった。
 ステージ上の進行役が焦っているのが見て取れる。
 何かアクシデントがあったのだろう、そしてそのアクシデントとはおそらく――

「神北さーん? あれぇおっかしいなー、たしかにエントリーされてるんだけど……」

 ぐだぐだな進行に野次が飛び始める。
 なにしてんだー、はやくだせー、と一部の男子生徒たちが囃し始める。
 するとその流れは急速に伝播していき、あっという間に「だ・せ! だ・せ!」コールへと変わっていった。

「……? なんか騒がしいね? 何かあったのかなぁ?」
「あったっていうかなんていうか――」

 いいのか?
 僕は言っていいのだろうか?
 『神北小毬って、あんたのことやーん!』とかツッコんでいいのだろうか?
 いやまてあわてるな、いくらなんでも自分でエントリーしておいて――そういえば僕はそんなこと一言も聞いてなかったけど――忘れてましたなんて大ボケはかまさないだろう、小毬さんだからといって。
 きっと同姓同名の誰かさんなんだろう。
 でも『神北』なんて苗字そうそうないよなぁ……?
 やっぱり言ったほうがいいのかもしれない。

「あのさ」
「うん?」
「神北小毬って小毬さんのことじゃないの?」
「うん、私の名前は神北小毬だよ?」

 それがどうかしたの、と小首をかしげる彼女の頭を思い切りすぱーんとはたいてやりたい気持ちになったけど、ぐっとこらえて僕はなんとか理解してもらおうと説明を始めた。

「いやだから、今ステージで呼ばれた『神北小毬』という人物と、僕の隣で意地汚くポップコーンのカップをゆさゆさ揺らして最後の一粒まで味わおうとしている君――要するに小毬さんは、同一人物なんじゃないかってことを僕は言いたいんだ」
「……ふぇ?」

 だめだ……全く理解していない……。

「えっと、困ったな。何て言ったらいいんだろう」
「だいじょうぶっ」

 ぐっと拳を目の前に掲げ、にこっと微笑んで小毬が言う。

「落ち着いて、ゆっくり、話してみて? 私は急かしたりなんかしないから、ね?」
「う、うん……」

 言いたい……!
 すごく言いたい……!
 『むしろ急かされるべきはあんたとちゃうんかーい!』と声高らかに宣言したい……!
 僕は長年(主に幼馴染たちによって)培われてきたツッコミ魂を、床に向かってダンダンと拳を打ち付けることでなんとか捻じ伏せると、無理やり笑みを作って小毬さんを見つめた。
 ねえみんな、僕、うまく笑えてるかなぁ?

「だからそのさ、つまりだね……小毬さん、呼ばれてるんじゃない?」

 ステージを指して、簡潔に告げる。
 小毬さんはキョトンと僕の人差し指を見つめ、その先へと視線を移し――司会者が涙目で観客を宥めている――3秒ほど文字通り固まった後、

「うぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 思い切り奇声を上げ、衆目を浴びていた。

「なんでっ!? 聞いてないよっ!?」

 多分そうだろうとは思っていたが、やはり彼女にとっても初耳のことだったらしい。

「うーん、誰かが勝手にエントリーしちゃったんじゃないかな? 来ヶ谷さんあたりがさ」
「なんで、ひどいよ理樹君、どうしてそんなことするの〜」
「いやお願いだから話を聞いて!?」

 えーん、とべそをかく小毬さんの手を引っ張り、周囲の好奇の目から逃れようとする。

「とにかくこうなってしまった以上、出来ることをやるしかないよ」
「で、でも、私ミスコンとかそういうのに出るキャラじゃないし……」
「キャラ云々は置いとくとして、僕の目から見て小毬さんはとても可愛らしいと思う」

 その『可愛らしさ』がミスコン向きかどうかはわからないけど、とは言わないでおいた。
 はにかむように微笑む小毬さんに、僕も照れくさくなって微笑み返そうとして、

――なにあれ?
――あれが神北小毬ってやつ?
――今までなにしてたん?
――そーいう演出だろ、あからさますぎ

 周囲の視線が好奇のものから悪意のそれへと変化していることに気がついた。

――いまどき天然とか
――つかなんで男連れてん?
――どーでもいいけど早くしろよっていう

 この場にいてはいけない。
 そう判断し、少し歩調を速める。
 何かを堪える様にぎゅっと手を握られる。
 柔らかくてあったかい華奢な手が、痛くなんてなかったけど、妙に心に痛かった。
 急ぎ足でステージを目指す。

「僕にできるのは、ここまでだ」

 ステージ手前の階段の前で立ち止まり、僕は静かにそう告げた。
 振り向けば、先ほどまで涙ぐんでいた頼りない女の子が、

「理樹君が見ていてくれるから」

 眩しくて、眩しくて、

「だから、私」

 直視できないほどまばゆい笑顔で、

「がんばれるよっ」

 ぐっと拳を胸の前で握りしめると、彼女は決然とした足取りで一歩一歩階段を踏みしめてステージへと上り詰めていった。
 もう何も言うことはない。
 ただ静かにそれを見送り――

「ほわぁ!?」

――いったいどんな気まぐれな神様が、こんな悪戯を小毬さんに施したりするのだろう?

 ステージへと上がる最後の最後、あと一段というところで、彼女は足を引っ掛けてしまったのだ。
 ごろごろごろごろーと横滑りにステージの上を転がっていく。
 やがてステージ中央で、どでーん!と最後に派手に音を立てて止まった。

 M字開脚で。

 誰も、一言も発することが出来なかった。
 誰もが呆然とステージを見つめていると、ひらひらとその上空を舞うものがあった。
 それは、どこから来たのだろう。

 ぱんつだった。
 ぱんつが中空を舞い上がっていたのだった。

 いや――ひょっとすると大空を悠然と翔けめぐる雄雄しいコンドルの姿を、僕たちはそこに見ていたのかもしれない。
 やがて”それ”は力尽きたように、重力に抗う術なく舞い降りていった。
 そしてM字開脚を観客に向けて晒したまま気を失っていた小毬さんの頭上へと、静かに、静かに着地する。
 今、鳥は主の元へと還っていったのだ。
 小毬さんの頭上で、ぱんつのバックプリントとして施されたコンドルが、誇らしげに啼いているように見えた。

 不意に、ぱちくりと大きく目を開けて、小毬さんが目を覚ます。
 彼女は状況がよく掴めない様子できょろきょろと辺りを見回し、?マークを頭に浮かべ、下半身を見下ろし、

「穿いてないっ!?」



 いったい、どんな言葉がかけられただろう?
 ぱんつどころかあられもない下半身を衆目に曝け出してしまった女の子に、いったいどんな言葉がかけられるっていうんだろう?
 少なくとも僕には言葉一つ思い浮かばなかった。

 会場はすでに静まりかえり、咳払い一つ立たない。

――カツン、カツン

 と、そのとき、この凍りついた時間を融かすかのように、足音が一つ響き渡った。
 誰もが一様に、いったい何者かと耳を疑いその音源へと目を向ける。
 足音の主は、司会進行役の人だった。
 いったい何をするつもりだろうかと僕たちが固唾を呑んで見守る中で、彼は呆然自失状態の小毬さんへと歩み寄り、静かな瞳で彼女の頭の上のコンドルと見つめ合うと、
 おもむろに手首を掴んで小毬さんを立たせた。
 そのまま勢いよく彼女の手を天井に向けて、高く、高く掲げたかと思うと、

「優勝ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 声高らかに宣言した。
 音量を最大限にまで振り絞られたマイクの放つ音の波が、いっそ暴力的なまでに僕たちの耳をつんざくように突き抜けていく。
 ぎょっとしたように固まっていた観衆の中から、やがて一つの拍手が、蛇口から滴り落ちる水滴のようにゆっくりと零れはじめる。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。

 戸惑うばかりで追随する者もいない。
 それでも一人孤独に拍手を送り続けてくれるその人物を、僕は一目見たくなって目を凝らした。

 すこし距離があるせいか、はっきりとは見えない。
 けれど、あの背格好を、僕が見間違えるはずもない。
 ずっと、幼かったころからずっと見続けてきた、頼もしい男の姿を、見紛うはずもない――

――恭介!

 心の中で僕が叫ぶと、まるでそれが通じたように僕のほうへと視線を向け、にやりと笑いかけてきた。
 ぱく、ぱく、ぱくと口を開き、何事かを僕に伝えようとしていた。
 じっと目を凝らし、唇の動きを読もうとする。















――いいものみせてもらったぜ!

 そうだ、そうだよね……。
 そうなんだ、僕たちは”いいもの”を見せてもらったんだ。
 だから僕にできることといえば、彼女の功績を称え、敬意を表し、このちっぽけな両手で、感謝と祝福の意を込めて手拍子を送り続けることだけなんだ。
 真理にたどり着いた僕は、ステージの上で呆然と突っ立ったままの小毬さんへ向け、一つ、二つと手を叩き始めた。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。

 するとまた、僕や恭介とは別の位置から音の波紋が伝わってくる。
 あの二つのでかい図体は……真人に謙吾だ!

 一つの拍手が二つに。
 そして二つの拍手が四つへ。
 後はもう、止まらなかった。

 気がつけば、中傷していた男子も、胡散臭そうに眺めていた女子も、みんな一丸となって懸命に拍手をステージへ向けて送っていた。

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!

 『かーみきたっ! かーみきたっ!』

 まるで『神来た』とも聞こえる『神北コール』も同時に始まった。

 そうか、そうだったんだ……小毬さんの苗字――『神北』という苗字は、この日この瞬間のために用意されていたものだったんだね……!

「かーみきたっ! かーみきたっ!」

 普段なら絶対出さないような大声で、僕もそのコールへと加わる。
 もちろんその間拍手も怠らない。
 喉が焼けるように熱くなり、手のひらがだんだんと痒くなってくる。
 それでもかまうものかと、力の限り熱唱し、手を叩き続ける。

 やがて興奮冷めやらぬ会場の空気にあてられたように、ステージへと駆け寄るものも出てきたらしい。
 僕も負けじと小毬さんの元へと駆けつける。
 すでに彼女の周りには人だかりができていて、みんな口々に祝福の言葉を投げかけていた。

「おめでとうこまりちゃん」
「おめでとうございますー」
「やるじゃんこまりんー」
「おめでとうございます、神北さん」
「おめでとう、小毬君」

 見知った顔とか見知らぬ顔なんてもう関係ないんだ。
 すべては『おめでとう』という言葉で包まれているのだから。

「ふ、風紀が……風紀が乱れてる……」
「委員長、ここは空気を読みましょう……」
「そうね……あれだけ見事なM字開脚を見せられたらもう何も言うことはないわね……おめでとう、神北さん」

 風紀委員の腕章をつけた女子生徒が二人、そう言い残して去っていく。

 ふと視線を感じ、目を向けると、この会場の主役ともいうべき小毬さんが僕のほうをぼうっと見つめていた。

「小毬さん? どうかした?」
「いや、あの、どうかしたっていうか、みんながどうかしちゃったっていうか、あのね、今何が起きてるのかなぁ?」
「混乱するのも無理はないかもね。小毬さん、君はね、学園祭のミスコンで、見事優勝したんだよっ!」
「そ、そうなの?」

 え、でも私まだ何もやってないよ、と戸惑う小毬さんに、皆が皆して『またまたご冗談を』という顔でばしばしと背を叩いたり。
 そうやってもみくちゃにされる中でようやく実感が沸いてきたのか、司会者から『何か一言』と求められると、彼女はマイクを握りステージを見下ろす。

「え、えっと。その、あの、あ、あ〜、てすてす、まいくてすと〜」

 ドッと聴衆が沸く。
 この期に及んでまだボケを引っ張るとは、さすがと言わざるを得ない。
 しかしあまりに引っ張りすぎると、また反感を買うことになるかもしれない。
 ここは小毬さんが喋りやすいように話を振ってあげなくては。

「小毬さん小毬さん」
「ふぇ? なにかな?」
「……おめでとう!」
「…………うん! 理樹君に、ありがとう!」

 僕に向けてぱぁっと花が咲いたような笑みを向けると、再び観客へと向き直る。
 澄み切った青空のようなその表情にはもう、迷いも憂いも、躊躇いすらもなく。
 伝えるべきは、ただ一言。

「みんなにも、ありがとう!」

 世界に、ありがとう――

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
 ご愛読ありがとう――
 みんなにありがとう――
 世界にありがとう――

 というわけで罰ゲーム麻雀SSの完成版となります、いかがでしたでしょうか? 気がついたら投票数が10を上回っていたので「おらおら続き書けよ」とプレッシャーをかけられ、急遽仕上げてみましたが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。
 ちなみに元々のリクエストは「小毬がミスコンに出たら?」というものでした。
 それを俺なりに料理したらこうなったという……。

 感想などあれば聞かせてください。
 ではでは。

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