うんざりさせられるほど暑い夏の季節からもようやく開放されたかと思いきや、すぐにやってくるであろう極寒の季節に憂鬱な気分を催される、中途半端な今時分。目に染みるような鮮やかな紅葉も初めのうちは感嘆の思いで眺めることができていたけれど、一月も経てば単なる風景と化してしまったし、「読書の秋」だなんて標語に乗っかっていくつか文庫本を手にしてみるものの、取り立てて目を引くような本にも巡り合えずにすぐに投げ出してしまう始末。

 かといって生来少食とまではいえないものの決して大食らいというわけではないし、何かスポーツに取り組もうにも秀でた運動神経など持ち合わせていない僕にとって、秋という季節はいろいろな意味で「中途半端」な季節だった。どことなくよそよそしかった一学期と比べればクラスメートとも普通に話せるようになっていたし、勉強のほうも来年に受験を控えているとはいえ、夏を挟んだため少し余裕も出てきていた。良く言えば穏やかな、悪く言えば平凡で退屈な、そんな季節。

 唯一の救いは11月半ばに予定されている文化祭だろうけど、それも進学校というこの場所にあっては大して期待もできない。無論恭介が何らかの手は打ってくるだろうけど、一学期の修学旅行で勝手に二年生のバスに乗り込んだ挙句に怪我をして、その後多岐にわたり授業を欠席する羽目になった彼のことを、決して教師は快く思っていないだろう。さらには復帰後授業を勝手に欠席して『旅行』になど出向いたものだから、学校側もさすがに看過することはできなかったのか、かなり厳重にマークしているらしい。寮内では比較的自由を許されているものの、学校にいる間は文字通り『監視』の対象であり、あまり僕らの教室に顔を出すことも無くなった。学校行事である文化祭で恭介の活躍は期待できないだろう。

 だったら僕が何かやればいいんじゃないか、などと考えたものの、あの悲惨なバス事故から見事に生還を果たしたクラスメートたちを見ていると、取り立てて何かするまでもなくただそこに「在る」だけでも満足すべきなんじゃないかとも思えてくる。……それに、僕一人ではたいした考えは思い浮かばないだろう。皆と相談するにしても、まだ文化祭までは一月以上も期間が空いており、いささか早すぎる感は否めない。しばらくの間はこの宙に浮いたような、無色透明の時間を味わうことになりそうだ。



 それはともかくとして、季節は秋。
 寒くなるまでにはまだまだ余裕があったけれど、期末考査で忙しくなる12月を思えば今のうちに冬に備えておくに越したことはないだろうと思った僕は、休日を利用して新しく暖かいトレーナーでも買いに行こうと決めていた。前日に真人や謙吾なんかも誘っていたのだけれど、二人とも何か用事があるとかで断られてしまい、仕方なく一人寂しく駅前の大型雑貨店へと向かうことにした。

 心地よい暖かさが身に染みる陽射しの中、てくてくのんびりと駅へ向かって歩く。遠出するときなんかは駅を使うものだから、今歩いているこの道も当然見慣れている――はずだったのだけれど、こうして改めてじっくり眺めて見ると、いかに僕がこの景色を単なる景色としてしか見ていなかったかがよくわかる。

 あの店にはまだ入ったことがない――
 あの道は、どこへと繋がっているんだろう――
 秋風に髪を靡かせ、今その道へと入っていった女の子は、どんな用事で先を行くのだろう――

 って、あの特徴的な、不釣合いなほどに長いリボンは……

「あれぇ? 理樹君、どうしたのこんなところで〜」
「小毬さん? いや、小毬さんのほうこそこんなところでなにをしてるのさ」

 良く見たらその女の子は、クラスメートでありリトルバスターズの一員でもある神北小毬さんなのだった。






「じゃあ、理樹君もお買い物なんだ〜」
「”も”ってことは、小毬さんも?」
「うん、そだよー。駅前までお出かけですよ〜。理樹君はどこまでなのかな?」
「僕も駅前までちょっとね」

 偶然出会った小毬さんと道すがら話してみると、どうやら目的だけでなく目的地まで同じらしい。というわけで、「そういうことなら一緒に行こうか?」と誘った僕の言葉に快く頷いてくれた小毬さんと二人、商店街の通りを歩いていく。

「理樹君は、何を買うんですかっ?」
「服を見に行こうかと思って。これから寒くなるだろうし」
「そっか、もう冬になるもんね〜。私もそろそろ用意しておかなきゃ」
 
 僕の言葉一つ一つに、くるくると目まぐるしく表情を変えていく暖かな少女。
 ……きっと彼女は、他人の言葉というものを常に真剣に捉えているんだと思う。

「小毬さんは何を買うの?」
「駅前に新しくケーキ屋さんが出来たから、味見〜」
「……太るよ?」
「が、がーん……」

 だから、こういう僕のたわいもない冗談を真に受けて、肩を落としたりもする。お腹のあたりを押さえてしょんぼりと悲嘆にくれる小毬さんの姿に、少し意地悪すぎたかなと反省する反面、そんな彼女の彼女らしい振る舞いに思わず笑みがこぼれる。

「うう……理樹君のいじわるぅ……」
「ごめんごめん。小毬さんは大丈夫だよ、『まだ』」
「ほんと!? よかったぁ〜実はちょっと気にしてたんだ〜…………まだ?」






 休日ということもあってか、商店街は多種多様な人々で賑わいつくしていた。1円でも安いものを手に入れようとパワフルに駆け回っている主婦らしき女の人や、友人を連れてゲームセンター巡りでもしているらしい集団。それに僕らぐらいの年頃の微笑ましいカップルらしき男女もいる。……傍からみれば、僕らも似たようなものなのだろう。

 ウィンドウショッピングを楽しむ赤ちゃん連れのご夫婦とすれ違う。「だぁ〜」とかわいらしい声を上げてこちらに手を振ってくる赤ちゃんに、小毬さんも「だぁ〜」と返事して手を振る。赤ちゃん、にっこり。それに気づいたご夫婦も、にっこり。小毬さんも、にっこり。つられて僕も、にっこり。

 公園を元気に走り回る子供たち。その一人が悪戯心丸出しの顔で小毬さんの背後へと近づいていく。僕に何事かを話しかけていた小毬さんはそれに気づかず、僕だけが偶然その姿を視界に捉える。何をするつもりだろう、と不思議に思って様子を見ていると、その少年は小毬さんの背後一歩手前でぴたりと立ち止まり、あろうことかぴょーんとその場で飛び跳ねた。

「ほわぁ!?」

 途端、ゴキィ!ともの凄い音を立てて小毬さんの首が勢い良く後ろに反る。地面と水平になった小毬さんの後頭部には、先ほどの悪戯少年。なんと彼は、小毬さんの髪から下がる長いリボンに両手でしがみついて全体重をかけていたのだった。彼はぶらんぶらんと空中浮遊を、実に満足そうな顔つきで楽しんでいる。『きゃっほーい』なんてはしゃいでいる少年。不意をつかれた小毬さんは、そのままの体勢で固まったまま何が起きたのかわからない様子で痙攣していた。慌てて少年をひっぺがえして叱りつけようとすると、「にげろー!」と僕の手をすり抜けて仲間のところへと去っていってしまった。一瞬追いかけようと思ったけれど、未だに茫然自失な小毬さんを放っておくわけにもいかず思いとどまる。

「小毬さん、その、平気?」

 近寄って恐る恐る声をかけると、小毬さんは涙目をこちらに向けて一言、

「く、くびがいひゃい……」

 とだけ、切なげな声で応えた。






「大丈夫?」
「あぅ……まだちょっと、痛いかも〜」

 あまりにもダメージが深刻そうならむちうちの可能性もあるし病院に行ったほうがいいかも、という僕の提言に対し、「ううん、大丈夫〜……多分」と、あまり頼りにならなそうに応える小毬さんに、ならせめて少し休んでいこう、ということで、双方合意の下、今僕たちは公園のベンチに二人並んで腰掛けていた。さっきよりは大分マシになったのか、ほんの少しだけ恥ずかしそうにしている小毬さんと、気づいていたのに止められず、小毬さんをこんな目にあわせてしまった自分に自己嫌悪中の僕。……ああ、ほんと、どうして止められなかったんだろ……。

「ごめん、ほんと。僕がもう少し早く気づいていれば……」
「理樹君のせいじゃないよ〜。はぁ……鈍くさい私がいけないんだよ……」
「いや僕がもう少し――」
「ううん、私がもう少し――」
 
 しばらくいや僕が、いや私が、と押し問答を繰り広げる。やがてほぼ同時にこの会話がまるで生産性を持たないことに気づき、お互い苦笑いを浮かべながら「この話はもうおしまい」ということになった。そのまま特に話題もなく、二言三言世間話を交わしながら、二人それぞれ思い思いの景色を眺める。

 秋の涼しげな風が、そっと僕らの頬を撫でた。小毬さんはくすぐったそうに微笑みながら、目を細めて遠くでサッカーに熱中している子供たちを見守っていた。その視線を追って僕も眺めていると、サッカー少年の中に、先ほど小毬さんのリボンにぶら下がりひどい目に遭わせた少年がいることに気づいて一瞬だけ追いかけて叱りつけようかと思った。けれど、さすがにそれは大人気ないかな、今回は見なかったことにしてやろうと思い直す……何より、隣で優しげに微笑んでいる少女が、僕にそんなことを望まないだろうから。

「理樹君理樹君〜」

 ぼーっと物思いに耽っていると、隣からいつもの間延びした、どこか人を落ち着かせる響きのある声色が耳に届く。

「どうかした?」
「あのね、折り入ってお願いがありますっ」
「何だろう? 僕にできることなら何でもするけど」
「ほんと? ……じゃあねぇ、ちょっとあっち向いてて〜」

 言われたとおり、小毬さんとは反対の方向を向く。
 ちょうど彼女に背を向ける形となった僕は、いったい何をするつもりだろうとちょっと身構えながら待機している。
 と、ふわり、と羽が舞い降りたかのような感触が背を撫で、続けてなんだか甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。

「小毬さん?」
「えへへ〜」

 何をしているのかと問うまでもない。
 この柔らかな感触は――

 振り向いて確認することはできなかったけれど、おそらく端から見れば僕たちはちょうど背中合わせにしてベンチに腰をかけているはずだ。その絵はどう見ても恥ずかしいものに違いなかったが、不思議とそう感じることも無く自然に受け入れられる。軽い、けれど確かな重みが、じわりと僕の体に刻み込まれていく。首筋に小毬さんの頭が載せられていて、時々当たる髪の毛が少しくすぐったい。けれどこの時間が終わってしまう気がしたので特に何も言わなかった。
 風に乗って、彼女の髪に結び付けられた赤いリボンがひらひらと目の前を泳いでいく。その端っこを手に取って弄んでいると、恥ずかしそうな小毬さんの声が聞こえてきた。

「ごめんね、いきなり……。でも、こうしてればなんだかすぐに痛いのが飛んで行っちゃうような気がして」
「いや、僕は全然かまわないよ。こんなので小毬さんのお役に立てるなら、お安い御用だよ」
「そっか。じゃあ、遠慮なく〜」

 今まで遠慮がちに頭を乗せていたのか、その言葉とともにさらにこちらへと体重が預けられる。それをしっかりと体で受け止め、ゆっくりと目を閉じていく。
 小鳥の囀る音、木々のざわめき、人々の話し声。
 土の匂い、草の匂い、そして風の匂い。
 目を開けていたときには意識していなかった様々な感覚が混ざり合って、溶け合って、頭のてっぺんから四肢の先に至るまで、全身を隈なく包み込んでいく。退屈な、無色透明に思われていた秋の一時。しかし不思議と今、僕は満たされていた。背中合わせの少女もまた、僕と同じように目を閉じ、言葉にできない不思議な充足感に満たされているのだろう。根拠はなかったけれど、そう確信していた。



 そうして、どれほどの時が経ったろうか。
 いつの間にか子供たちや風が奏でていた喧騒は息を潜め、辺りはまるで、僕たち以外には誰もいないんじゃないかと思われるぐらいの静寂に満ちていた。
 落ちかけた太陽が目に染みる。
 見回すと、あたりは一面斜陽で敷き詰められ、豪奢な紅い絨毯のようだった。
 とすれば、このベンチは玉座で、鎮座する僕は王。そして、臨席する少女は僕の妃なのだろうか。
 そんな馬鹿な妄想を自身で笑い飛ばし、後ろのお姫様の様子を窺おうとしたところで、

「すぅー……すぅー」

 背中合わせの少女が安らかな眠りについていることに気づき、僕もまた、黙って目を閉じることにした。
 どこかの家庭から漂ってくる香しいカレーの匂いが、秋の微風に乗って鼻腔をくすぐる。

――今日は何もなかったけど、いい一日だったなぁ

 そう思った瞬間、意識が途切れた。






***






「ご、ごめん〜」
「いや、僕もウトウトしちゃってたし」

 涙目で謝る小毬さんに返事を返しながら、腕に巻きつけた時計をちらりと見る。門限はもうとっくに過ぎていて、今は食堂で皆夕食をとっているころだろう。すっかり薄暗くなりつつある街道を、二人駆け足で走り抜ける。僕のやや後方、少し遅れ気味ながらも必死について来ようとする小毬さんの手をとり、スピードを上げることにする。門限は過ぎていたものの、風紀委員のチェックが入るのはもうしばらく後のことで、運がよければ切り抜けられるかもしれない――そう思っての行動だった。彼女の、やわらかくてすべすべとした手をぎゅっと握ると、後ろから驚いたような声が聞こえてくる。

「ふ、ふえぇぇ!?」

 驚き7割、照れ3割、といった声をあげた小毬さんは、今どんな顔をしているのだろうか?振り返る余裕がないわけではなかったが、繋いだ手を振りほどかれることもなかったのであえて確かめようとはせず、代わりに昼間から疑問に思っていたことを口にする。

「そういえばさ」
「はぁ、はぁ、……うん?」
「小毬さんは今日、駅前に行く予定だったんだよね?」
「そ、そうだけど?」
「じゃあさ、どうしてあんな脇道に入ろうとしていたの?」

 小毬さんを見つけたとき、彼女は駅前へと続く大通りから脇にそれた、小さな小道に入ろうとしているところだった。わざわざあんな道を使わなくてもまっすぐ進めばすぐに目的地にたどり着くというのに、脇道にそれるというのはやや不自然だ。別に彼女を疑うわけではないし、ましてや僕に彼女のプライベートに干渉する権利などありはしないことはわかっていたけれど、それでも確かめてみたかったのだ。もしかしたら彼女もまた、僕と同じように……。

「んー、なんとなく、かなぁ?」
「なんとなく?」
「うん。あのね、大通りを歩いていたらね、偶然あの道に目が行っちゃったんだ。普段なら絶対目にもかけない、使いもしない小さな小道。けれど不思議と、今日はそれが目に留まって……うーん、なんか上手くいえないんだけど、『この道を行くとどうなるのかなぁ』なんて思っちゃって、気がついたらふら〜っと足があっちに向いちゃってたの。変だよねぇ、あはは」
「いや、そんなことないよ」

 僕だって同じだ。
 あの道にはまだ、入ったことがない。
 その先には、何があるんだろう?
 物語は、どこからだって始まる。
 そんな想いを胸に、あの道へと目を向けた僕だから。
 そんな想いを胸に、あの道へと入ろうとしていた彼女だから。
 今日というものがたりが、できたんだ。

「結局、買い物には行けなかったね」
「うん……残念。理樹君も、私のせいで、ほんとごめんなさい」
「いいって。元々急ぎってわけじゃなかったし、今日一日小毬さんとすごせてよかったと思ってる」
「理樹君……うん、私も、理樹君と一緒にすごせて、楽しかった〜」

 きっかけは、ささいなことから。
 退屈な日常から抜け出したくて、一歩外へと踏み出す。
 そこはとても広くて、無限の可能性に満ちていて。
 どの選択肢からでも、物語は始まっていく。
 だから、

「じゃあさ、来週よかったら、買い物に行かない?」

 小さな一歩を踏み出してみる。
 無色透明なこの時間が、何かしらの色に染まればいいなと願って。

「うんっ! 喜んでっ!」

  

<了>

  


面白かったらぜひっ

あとがき
『ジャンルにとらわれず、いろいろな物を書いていきたい』

 この作品は、そう思っていた時代の名残です。ファイル漁ってたら途中まで書いていたのが出てきたので、せっかくだからと完成させてみました。『ほのぼの』系を意識して書いたのですが、うまくいったのかどうなのか……。ほのぼのは苦手だなぁ……。

 ちょっと前に某サイト様に捧げたこまりんの18禁SSに『これはひどい』というお褒めの(?)言葉を多々頂いたのですが、本来俺の書くこまりんはこっち側(自分では『正統派』だと思ってますが実際はどうだかわかりません)なんだということを再確認する意味でも、役に立ったと思ってます。こまりんかわいいよこまりん。

 若干短いですが掌編としてお楽しみいただければ幸いです。ご閲覧ありがとうございました。

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